どうも、ひのきですm(*_ _)m
本日はこちら、松陰神社です
土地勘のある方なら気づかれたでしょう、世田谷線沿線を歩いて神社めぐり、と言っておいて招き猫で有名な豪徳寺の前を通過して真横にショートカットしました(´>∀<`)ゝ
といってもさほど遠くはなく、世田谷八幡宮から徒歩16分ほど
神社に隣接する若林公園は桜が満開
いやー、天気は良くないけどとても綺麗だなー、なんて歩いて居たら突然お墓が?
一旦通り過ぎたのですが、妙に気になる、そういう時は何かある、戻ろう
...えっ!Σ(゚д゚;)
桂 太郎 墓
近代史を勉強した方以外は 誰? って感じだと思いますが、不勉強な私には ええーっ となりました
っと長くなるので後述に( *・ω・)ノ
というわけで、松陰神社です
重厚感と存在感のある黒鳥居と美しい桜、境内には桜見物と参拝にと次から次へと人が来ていました
立派な石灯篭が並ぶ先に静かに存在感のある拝殿
社名からして御祭神はおわかりでしょう
吉田松い、、、ではなく、吉田寅次郎藤原矩方命!
調べました!
幼時の名字は杉、幼名寅之助、つまり杉寅之助
吉田家への養子入りで大次郎と改名、吉田大次郎
寅次郎というのは通称
諱は矩方で字は義卿、号が松陰
うーーーん、難しいっ!ヽ(;▽;)ノ(笑)
えっ、じゃぁ藤原は何!?
調べました!
長州吉田氏というのは藤原行成から繋がる氏族ということで本姓を藤原としているそうです
ということは、最終的な本名は吉田 矩方 義卿ってことになりますかね?(´・ω・`)
三国志とかが好きな方なら、劉 備 玄徳とか諸葛 亮 孔明って感じで分かるかな(難しい)
右奥には山口県萩の松陰神社に現存している建物を元に再現された松下村塾があります
意外と大きくはないんですね
少し戻って、ズラっと並ぶ奉納された石灯篭はあっと驚く教科書に出てくる方ばっかり、行かれたら是非案内看板を見てください
境内中央から左手にはまるで時代劇の中に入り込んだような美しい道がありました
呼ばれるように進んでみると
そこは墓所でした
なんと、ご本人(御祭神と言うべきでしょうか)をはじめとした錚々たる方々が眠ってらっしゃいました
こちらは長州征伐の際に破壊されたのを木戸孝允が修復、先程の鳥居も木戸孝允が奉納したものだそうです
きっと正式な墓所は萩なのかと思ったらそちらには遺髪のみ、伝馬町で処刑され罪人墓地に葬られた後にこちらへと改葬された為に遺骨が納められているのはここ、世田谷松陰神社のお墓なのだそうです
思うところ人様々でしょうが思想が無い上に不勉強な私にとっては、良きも悪きもこの国を思い今の日本の礎を作った方々
皆様で見守り続けていただければ、と思います
なんて考えながら参道へ戻ろうとしたら洞発見
鳥や妖精さん?が棲むのにこれほど最適な洞があるだろうかってくらい良い形してますね
立ち止まったので周りを見渡してみたら先程は全く気付かなかった大きな大黒様が!?
なぜ気付かなかったのだろうってくらい目立つのにどうやってスルー出来たのか不思議ですが、逆に普通の人が見ないであろう樹上の洞をキッカケにして大黒様に気付くあたり、自分らしいなって感じです(*ˊᗜˋ*)ハッハッハ
日本の歴史が刻まれた松陰神社でございました
ではあとがきです
桂 太郎 墓
全く知らぬこの御方の名を知ったのは大学の時
私が卒業した某大学(某と隠す意味が無いw)の創立者こそ、桂太郎公
入学したての私は 構内に銅像まであるとはいくらなんでも創立者だからって(ワライ) ってな感じでございましたw
入学して暫く、とある授業の時だったと思いますが桂太郎公が元総理大臣、しかも日本最長座人期間であったと知る事になります(後に安倍氏が最長となりました)
現役総理大臣が創立した大学として創立百周年記念式典にはなんと現上皇上皇后であらせられる天皇皇后両陛下が出席されたと聞いて仰天
えー、〇大すげー!! 桂太郎すげー!!
結構気に入っているけど少しだけ自虐感を持っていた母校が一気に尊敬の念に変わったのでした
まさか、母校創立者の墓前に立つなんていう日が来ようとは...
実は数年前にも一度、松陰神社を参拝しているのですがその時は今回と違ってショートカットせず歩いていたので気づかなかったのです
あ、そうなんですよね、実は昔から歩き倒すのが結構好きでして、あちこち歩き回っていた頃から通り掛かって気になった神社仏閣はちょっと寄ってみるのが通例だったんです
ちなみに桂太郎公は山口県出身のようで、在任最長記録を塗り替えた安倍晋三氏も山口県出身というのは凄いですね
発見した瞬間に 何故ここにお墓が????? と思った理由、それは敬慕する先生の横にというのが遺言だったのだそうです
いやー、、、神社巡りがまさか母校創立者の墓前に立つ事に繋がるとは思いもよりませんでした
そして幕末維新に興味を持っていなくて物凄く無知だったのですが、伝馬処刑場跡である大安楽寺にも訪れたことがあったり、こうして二年ほど神社巡りをしていると色々と繋がることが多いもんだなぁ、としみじみ