どうも、ひのきですm(*_ _)m
街を歩けばお稲荷さん のコーナーです
とある舞台を観劇するため中野へ向かう日
いつもの癖で付近の神社を調べてみたところ、目についたのは桃園稲荷神社という名前
ちょうど会場の近くだし縁があればお会いすることになるだろう、と場所を覚えることなく現地へ
会場へ向かっているとちょうど桃園通り、桃園商店街と出てきて、これはお会い出来るだろう!!と思ったもののそのまま会場へ
おやおや、さすがにそう都合良くはいかないかぁ
と素晴らしい舞台の観劇を終え感激しつつ(あ、親父ギャグです)駅へ戻っている時のこと
来た道を戻っていたのですが相方がなんの前触れもなく、こっち行ってみよ、と細い路地へ
すぐ見えてきた赤い提灯と赤い幟にふたりともが声を揃えて 今だったんだ!? と
桃園稲荷神社です
お社左手には井戸ポンプがありしっかり水が出るので手を清めさせていただきます
お社には榊が供えられ、右側には大きな鐘
提灯の通り、豊川稲荷から豐川吒枳尼眞天が勧請されているようです
豊川稲荷は通称でして稲荷であっても神社ではなく正式名称を 妙嚴寺 とする曹洞宗のお寺で開創は1441年ですので桃園稲荷はそれ以降の創建ということになります
荼枳尼天様なので合唱にてご挨拶
本来は複数の真言を手順通り唱えることになっているようなのでしっかりとご挨拶されるお方は是非お調べになってください
さすが荼枳尼天様、ビシッとした雰囲気ではありますが凛とした優しさがあり懐深くお迎えいただける感じです
過去にも書いてきましたが、荼枳尼天はインドの鬼神 ダーキニー ですのでよくある 稲荷 狐 に対する怖い"噂"に関しても荼枳尼天に対する話の方が強く怖く伝わっています
実際に 鬼神 ですからそりゃ壊さや厳しさがしっかりありますしそれこそ 契約 的な祈願をしてしまうとそれ相応の影響も無きにしも非ずな気はします
ただ、名古屋生まれ育ちの私としては豊川稲荷は身近な存在でしたしやっぱり特別な存在でもあります
そういえば、今思うと朱の鳥居が並ぶ稲荷ではありますが何もわかっていない子供の頃からしっかりと お寺 というイメージは定着していました
かなり長いことご無沙汰していますが大人になった今、豊川稲荷を参拝するとどういった感じを受けるのでしょうか
ウカ様の稲荷も然り、こちらの神狐様もなかなかに険しい顔つきをしてらっしゃるはずなのですが鳥居を潜るとなんと穏やかに、にこやかに出迎えてくださることか
物凄く存在感のある、そして魂が宿っているような雰囲気が強いお狐様でございます
細い路地に鎮座する立派なお社、ここだけが時代に取り残されたような特別な空間
中野へいらした際は是非ご挨拶されてはいかがでしょうか(*^^*)
さて、あとがきです
神仏習合の影響もあって沢山の稲穂を担ぎ宝珠を手に白狐に跨った荼枳尼天はその姿から 稲荷神 とされたくさんの朱鳥居が奉納されていったそうです
ですが神仏分離の目的は力を持った寺院を潰すことにあり鳥居がたくさん奉納されている稲荷であっても寺は寺
今川、織田、豊臣、徳川、九鬼、さらには有栖川宮家からも豊川閣の大額を下賜されるなど錚々たる方々から崇敬を集めてきた豊川稲荷もその対象となります
天皇家の墓があるお寺でさえも潰さんとした廃仏毀釈は一部明治政府の横暴に他なりません
豊川稲荷はたくさんの鳥居の撤去を余儀なくされ妙嚴寺は窮地に立たされますが、尋常では無い努力と崇敬者達の想い、働きによってなんとか悪令に打ち勝つことが出来たのだそうです
豊川稲荷は愛知県豊川市だけでなく札幌、東京、横須賀、大阪、福岡に別院がありますのでお近くにお住いの方は是非(*^^*)b