どうも、ひのきですm(*_ _)m
今回はちょっと今までにあまりない感じからスタートの二本立てでございます
まずはこちら、白幡市民緑地
睦神社から次の目的地へと住宅地の中を歩いていた時、ふと視線を脇の木々に向けた瞬間、グンとお社が目に飛び込んできました
サクサク歩きながらほぼ通り過ぎる間際によくぞ気づいたな、と自分ながら思いますw
個人管理の御堂かな?とも思い通り過ぎようとも思ったのですが何か呼ばれた感もあり、市民緑地という看板を見てより不思議に感じたので少し戻って行き止まりの脇道へ
隣は学校、背後は緑地、手前はこの境内の為だけの道でしっかり石鳥居もありました
鳥居があるから御堂ではなく御社だ、というわけでもないのでさすがにその場でちょっと調べてみたのですが情報が無さすぎてわからず
境内に入ると同時に サァーッ と風が抜けとっても素晴らしい空気に包まれます
あれ? さっきまで風がやんでいたのに
まず左手の御堂、こちらはちょっと覗かせていただいたのですが隙間よりも低いところに神棚があるようですが屋根っぽい部分しか見えず
正面の御堂はさらに独特の存在感があります
おや、小さな額が?
うーん、残念、読めません
比較的 詰まった 漢字が二文字、、、稲荷が濃厚な気もしますが 御嶽 とかも当てはまりますねぇ
堂内には御社とその左側に大きめの招き猫、壁には伊勢奉賛の文字と奉賛者の名前が並ぶ板が掛けられていました
やっぱり社名も御祭神もわかりません
市民緑地との間には一応フェンスもあるので敷地的には区切られています
よく分からないながらもこの境内にはしっかりと素晴らしい 氣 が流れておりました
ちなみに緑地について調べてみたらこちらは土地所有者の方が市と契約して市民緑地として貸借契約されているようです
とすると、その方の氏神様か屋敷稲荷か、はたまた古来から土地神としていらっしゃるのか
名も由緒も御祭神(本尊)も分からない御社(御堂)、この温かさが伝われば、と思って記事にしてみました(*^^*)
天気が良かったってだけじゃないんですよ!(笑)
さて、この白幡市民緑地から先へ歩いていくと、今度はお稲荷さん発見!
見てください!! 狛狐さんが物凄く素敵!!
鍵と宝珠を咥えてとっても凛々しいですね(*^^*)
境内も綺麗に整備されているしお社の中にも小さなお狐さんが沢山、そして木札(紙だったかな?)には お賽銭は有難く御社等の保全に使わせていただきます 的な事が書かれていました
とっても穏やかな氣、そして胸もほっこり
個人の元邸内社なのか、はたまた村のお稲荷さんを町や有志が管理されているのかはわかりませんが、とーーーっても大切にされていることが伝わってきます
ウカ様もお狐様も凄く居心地良さそうでご挨拶したら優しく見守ってくれそうです(*^^*)
とても優しい気持ち、とても嬉しい気持ちになれました
境内を出て左側を通って次の目的地へ向かったのですがその時、妙に気になった綺麗な石があったんですよねぇ
ん? いい石だな、っていうか存在感あるな、置き石かな、、、むー、、、と二~三度振り返ったのにそのまま進んでしまったんですよね
調べたところ、由緒などはわからなかったのですが表側にはこう彫られていたようです
庚申 ム← 三文字目が削れてますが多分 仏 かと
佐田彦大神
大宮比大神
さて、ここでひとつ
神仏習合により庚申様と同神とされることが多いので 庚申 として猿田彦大神、佐田彦大神が祀られていることがよくあります
ですがこちらの碑にはもうひと柱、大宮比大神の名があります
大宮能売大神とは宇迦之御魂神の配神として伏見稲荷大社にも祀られており、佐田彦大神もまた 伏見稲荷大神五柱として祀られているのです
大宮能売大神は天岩戸開きに関わった天太玉命の娘とされており、そのまま岩戸から出られた天照大神に侍女として仕えた巫女とされています
つまりは、天鈿女命
瓊瓊杵尊の天孫降臨に付き従った天鈿女命は出迎えに来た猿田彦命と出会い、そして夫婦となるわけです
天照大神の侍女にして巫女というのは共通しているものの大宮能売大神と天鈿女命は別の神であるという説もあります
同一の神だとすると、何故、天鈿女命が宇迦之御魂神の配神として伏見稲荷に祀られているのか、ということにもなりますね
宇迦之御魂神は須佐之男命と神大市比売の間に生まれた神とされているのですが実はその後のことについては記紀にあまり記述がありません
ちなみにウカ様と同神とされることが多い豊受比売命は和久産巣日神の子であり、天孫降臨の後に外宮に鎮座されたといわれています
さぁ、おわかりでしょうか
私の頭の中がぐっちゃぐちゃにこんがらがってきたということが(´>∀<`)ゝ
記紀の御代の事ですから、そしてそれぞれの立場に拠って編纂されたものですから正確なところはわかりませんが、ウカ様、大宮比様、豊受様、アメノウズメ様、猿田様は時代的に重なっていても不思議は無いというところが様々な説になってしまう理由でもあるでしょう
もしかしたら別人かもしれないし、もしかしたら同人かもしれないし、はたまたどちらかが実在はしない架空の存在かもしれないし、なんなら両方とも架空の存在かもしれないし
ハッキリしないのも少しもやもやする部分ではありますが、逆に言うとそんな昔の話がこれだけ書き残されていて、それに従って今でも崇敬されているということを日本人として誇りに思います(*^^*)
まぁ全てはタダの偶然(にして必然)でしょうけれども、こうしてお稲荷さんに出会っただけでなく庚申様として猿田さん、大宮さんの銘に出会えたということも、ちょっと考えてみるキッカケとして与えられたものなのかなー、なんてね
え? お前、石碑の銘に気付かず背中しか見てこなかったやないか、って?
いやいや、それですよ! 当日、銘に気付いていたのならば、もしかしたら「~の小さな石碑もありました」で終わっていたかもしれませんからね(。-_-。)b ← ひたすら前向き
どうでも良いことですが、私、元来は超後ろ向き人間でございまして( *・ω・)ノ
それがこうして適度な前向き思考へと転換出来たキッカケは我が相方の存在、そして石と神社との出会いでございます
だからこその、ブログタイトル 日日是吉日 です♪