どうも、ひのきですm(*_ _)m
大学の頃の勉強に近いくらいあちこち調べ読み返し考えメモを駆使している日々でございます
ほんとしつこいですが、名前が多岐に渡りさらに省略されたりする上に新しい人物まで名前が似ていたりしてそこまでならいいけれど主語も修飾語も、なんなら改行も句読点も存在しないので解読のきついこときついこと
それでもまだ進められているのは内容が面白いからですね、第四回となりまして少しだけ慣れてきたのでちょっと前辺りから文脈に合わせ前後を入れ替えたりして読みやすくしはじめました
今回はスサノオ物語です ( ´ω` )/
ー 9 ヤクモウチコトツクルアヤ ー
粗野な振る舞いにより地に落ち蓑笠も脱ぐことも出来ず休める宿もなく我が身を顧みながら彷徨うサスラヲは這々の体で漸くネ国へ辿り着きサホコの弓師ソシモリのツルメソに宿を借りていた
このソシモリというのが古代朝鮮である新羅の地名だという、ここが追放されたスサノオが朝鮮から渡来したという話に変わってしまったのだろうか
サタの長アシナツチとソヲのテニツキが八人の娘を産んだが育たぬを悲しんでいた、それはヒ川上流の八重谷が常に群雲立ち昇り茂る松や茅の中にヤマタノオロチが居てハハやカガチの生贄として七人の娘が囚われてしまったからで残る一人のイナタ姫も犠牲になろうとしているからである
前アヤを考えるとやはりヤマタノオロチは野党でハハ、カガチというのがそれぞれの首領と考えられる、ここでははっきりヤマタノオロチとされているがアマテルのハタレ討ちでもそれっぽくされていたのはやはり8という数字に拘りがあり(下賎な)敵を蛇や動物に例えるからかもしれない
父母が姫の手足を擦りながら悲しんでいるのを見てソサノオが訳を問いその全てを聞き、姫を私にくださいませんか、と言うと貴方は誰ですかと聞かれたのでアマテル神の弟ですと身を明かし、求婚は受け入れられた
イナタ姫が高熱で苦しんでいたのでスサノオが袖脇を裂き風を入れていると熱も下がり良くなった、これが今でも子供の袖の脇が空けられている理由である
姫を家に隠しスサノオは姫の着物を着て山の桟敷に八搾りの酒を用意して合っているとヤマタカシラのオロチ(八人の首領)が来て八船の酒を呑み酔って眠ってしまったのでスサノオは斬り刻み、ハハの尾先(足元もしくは尻辺りだろうか)に剣があったのでハハムラクモという名を付けた
イナタ姫と結婚するとオオヤヒコが生まれたのでソサノヲはヤスカワへ行き、あの時誓った通り男子を産みました、と報告するが、私の目にはまだあなたの心は穢れている、恥じなさい、世の乱れは全てあなたの過ちが原因だと思うと胸が苦しみます、帰りなさい、と言われ恥じたソサノヲはネ国へ帰り、その後オオヤ姫、ツマヅ姫、コトヤソが産まれるも隠れ住み続けた
宮中ではハタレ六集団が蜂が群れるように暴れたのを神軍が討伐し、君はサクナタリでの禊で得た戦術を以てハタレを説き伏せて乱を治めたがその原因はネのマスヒトにあり、イフキドヌシを討伐に向かわせことになった
命を受けたイフキドヌシは軍を率いてサホコ宮のアサヒ神を参拝しイツモヂに至ると道に佇む下民を見つける、その者は八年ぶりに会うソサノヲであり、笠蓑剣すらも投げ捨てボロボロな姿で何かを呟きながら大きな目から滝のように零れるのは思い思ってハタレの乱は自分が奢っていたからであると漸く悟った悔やみ涙であった
叔父(イフキドヌシは弟ツクヨミの子)はその身に背負う数々の過ちを償おうと、降らせた我が身の瘡が長く世を乱し申し訳がない、と三度も嘆き歌った
胸に響き涙ぐんだイフキドヌシは共に泣きながら馬から降り這い蹲る叔父の手を引き起こし、一族の許しを得るにはしっかりと忠誠を尽くし戦功をあげれば認められるでしょう、私と共にマスヒトを討ちましょう、とサタ宮へ連れていき戦略を練ってハタレネもシラヒトもコクミもオロチらも全て討ち取った
このハタレネはネのハタレという意味でしょうが最後の首領であることを考えるとマスヒトであったアメオシヒではないかと思います
宮中に報告が届きウスメが弓弦を打ち奏でるのを見たアマテルは桑で六弦琴を作り、賜ったワカ姫が鳴らした六弦 カダ フキ カナテ メガ ハ ヒレ の音である
イサナギは糸ススキが垣を打つ音から作った三弦琴は葛の葉と花の形をしていてカダカキウチという、次の五弦琴は心に響き、ワのアワ歌を教えれば言葉がよく分かるイスキウチといい、この六弦琴は酔い眠るオロチに六つの弦を掛けた戦術であるヤクモウチであるとして、弦の名前も カダ フキ カナテ メガ ハ ヒレ と名付けられた
はて、と調べてみると六弦琴とは今で言うギターのようなものなんですね! 弦の名前までは調べても出てきませんでしたが...
モチタカ(イフキドヌシ)はヤマダアガタを賜りアワのイフキカミとなり、諸臣は話し合いソサノヲが心を込めて歌った事で穢れは散り罪は消えヒカワカミの名が与えられ、ハタレネを討った武勲により本居を開くが良いと八重垣幡を賜ったので再びアマテルに仕える事が出来るようになった
奇しき日に清原に築いた宮の名はクシイナダ宮に、サホコ国はイヅモ国と名が変えられ、国は天道を以て栄え、宮が完成する前にイナタ姫が身籠るとソサノヲは歌を詠んだ
ヤクモタツ イツモヤヱガキ ツマコメニ
ヤヱガキツクル ソノヤヱガキオ
この歌を姉に捧げるとヤクモウチという琴の弾き方(八弦琴?)を教わり、イナタ姫が歌に琴を合わせ、ヤエカキウチノコトウタとなった
産まれた子の名クシキネはとても優しく国を治めたので子孫代々ヤシマシノミノオホナムチと呼ばれ、クラムスビのオオトシ、ヒコトヌシのカツラギ、スセリ姫を産み五男三女に恵まれた
ここでは オホナムチ ツギハオオトシ クラムスビ ツギハカツラギ ヒコトヌシ ツギハスセリメ ヰヲミメゾ と書かれており五七調に語呂を収める書き方がされており少し悩んだのですが先に三男一女が産まれているのでクラムスビとヒコトヌシ(ヒトコトヌシ?)が後の役職名である事がわかる
っていうか!!! ネとサホコがセットで書かれる事が多いので近くの国だったのかと思ったらまさかの出雲でした!! つまり出雲を開いたのはスサノオでもオオナムチでも無かった!!
君はクシキネをモノヌシに任命し娘のタケコを妻にさせ産まれた子はクシヒコ、タカコ、ステシノタカヒコネ
前に読んだ時は早くもクシキネが大物主に任命されたと思い込んでいましたがこの時点でオオが付いていないので恐らくこの段階ではまだその下の物主に任命されただけで後に昇格したのかもしれません
いずれにしてもあれだけ暴れて追放されていたのに心を入れ替えて戻るやすぐに宮を与え、直接与えるとは書かれていませんがサホコ、つまり出雲が与えられさらに長男に娘を嫁がせ要職に就かせるとは凄い信頼度ですね、それが血族というものなのでしょう、そしてそれほど強く改心していたのでしょう
だいぶ私見を挟んでしまいましたが本文に戻りましょう、ここからは息子クシキネの話になります
クシキネがアワのササザキにいる時、カカミノフネに乗った者を見付けあれは何者かと聞くが誰も分からず、するとクエヒコが数多きカンミムスビの子で育成から漏れたスクナヒコナですと答える
思いっきり何者か書かれていますね、カンミムスビはトヨケの子で六代目タカミムスビのヤソギネですからここのカカミノフネは今で言う皇族の象徴菊御紋を掲げた船だと思われます(実際に御鏡を象った物かもしれませんが)、だからこそあれは何者かと気になったのでしょう、また日本書紀ではカカミ=ガガイモとしてカガミの皮を船に作りと編纂されたことがスクナヒコ=一寸法師になったのかもしれません
クシキネは彼を厚く迎え入れ共に各地を巡って病める人を癒し鳥獣穂虫を退治して国を治めていく、スクナヒコナはアワシマのカダガキ(三弦琴?)を習いヒナマツリ(婚姻の次第?)を教えながらカタノウラに至ったところでアワシマカミとなった、つまり亡くなってしまったようだ
オホナムチは一人で各地を巡り、民に肉を食べさせたら皆太って早死にしてしまった、穂虫が出るとクシキネは急ぎシタテル姫に払う方法を習って戻りヲシクサで扇ぐと穂虫は去り豊かに実ったので娘のタカコとアマクニタマの娘オクラ姫を仕えさせ三人はヤクモウチを楽しんだ
アマテルはオホナムチに息子クシヒコを大物主の代理コトシロヌシとして仕えさせ、イツモの開墾を進めると豊作となり穀物庫もいっぱいになり、天候悪く不作の年にも備蓄米を配り民を飢えさせることはなかった
後にワカ姫が亡くなる時、ヤクモ・ヰススキ・カダカキを譲ってタカ姫をタカテル姫と名付け、オクラ姫にはシタテル姫としてワカ歌のクモクシ文を授けてアマツ島のトシノリ神になられた、オホナムチはイツモでヤエカキウチを楽しみながら181人もの子(子孫?)に恵まれた
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結局のところ、スサノオが陣頭指揮を取ったり加わったわけではなかったようですがモチハナの世話になるなど近くに居ながらにしてハタレの乱を止めることが出来なかった、止めようとしなかった、ということですね
もし討伐に派遣されたのが甥ではなかったら、道中で会わなかったらスサノオは加わり戦功を立てることもなく当然その後の復権も無ければオオナムチ以降も存在しなかったでしょう
時に、天つ神国つ神についてですが、一般的な定義としては高天原の神々と降りてきた神々が天つ神、国つ神は高天原を追放されたスサノオとその子孫や元から国にいた神々とされています
ただ、ここまでのホツマツタヱの内容から考えると高天原は国内にあり、神代七代はずっと国内を治めていたので降りた居たという話になるとミナカヌシとクニトコタチが天つ神で二代目八神(クニサツチ)からが国つ神ということになります
少なくとも、一旦追放されたスサノオ一族が外れるのはやむ無しとしてもアマテルが産まれて高天原という地名が生まれているのでそういう意味では天つも国つも無いという感じになりますね
それにしてもオオナムチは国つ神であって素戔嗚の娘スセリと結ばれて大国主になったという記紀での話がホツマでは稲田姫との間に生まれた素戔嗚の子でありスセリとは兄妹、むしろ天照の娘田心姫を妻としているわけですから…
はて? 国つ神が集まる出雲の神在祭とは??? 調べてみるとどうも850年に始まったという説が有力らしい、既に記紀の時代となっているのでホツマを読んでもその整合性判断にはならなそうですね