日々是"吉"日

ゆるゆるなスピリチュアルでパワースポットやパワーストーン、原石、お香などを楽しんでいる日々の日記です。

垂仁天皇25年創建の古社 猿田神社《前編》

どうも、ひのきですm(*_ _)m


本日はこちら

猿田神社


東京から総武線で東へ、終点である銚子のふたつ手前、猿田駅が最寄りです


とっても長閑なところです

勿論、下乗車する人は極わずか


猿田駅から西へ僅か徒歩5分、右手に大きな石鳥居が現れます

少し進むと扁額の掛かったこれまた大きな石鳥居

脇が煉瓦になっていてとても雰囲気がある石階段は跨線橋になっています


境内全体が千葉県の天然記念物に指定されている猿田神社の森

それはとても広範囲に渡っている文字通りの 森 であることをこの時の私はまだ知りません

階段を登ると素敵な境内が目に入ってきます

うわぁ、と思わず声に出ました

左手に手水舎、、、っと物凄い太陽がっ


こちらも素晴らしい造りです



いつも通り何も調べることなく訪問したのですが跨線橋を渡る辺りから一気に強まっていた感覚がこの辺りからはもうほぼ垂直レベルに上がっていきました

そう

ここはただ事ではない神社だ


この記事を書いている今思い返しても、これまで参拝した中でも指折りの凄さなのです

実は時折最新を折り込みつつも基本的には参拝した順に記事を書いてきていたのですが、この猿田神社の順番になってから長く記事を書くのをとめていました

神社のエネルギーが強過ぎてもう待てないというほどに一気に書いてしまうこともありますがこちらの場合は余りの強さに記事を書く事に物凄い力を使うので条件が整うのを待っていた、という感じです


手水舎の奥に何か惹かれる場所がありますがここは先に拝殿へご挨拶に

御祭神は社名からもおわかりのように猿田彦大神、そして天鈿女命、菊理媛命も祀られています

天孫降臨瓊瓊杵尊を先導した猿田彦命を迎えたのが天鈿女命であり、その後妻になったとされています

はて、では菊理媛命が祀られているのはなぜでしょう

色々調べ考えてみたのですがわからず

ただ面白い事に、この二柱に関連は無いものの、猿田彦命瓊瓊杵尊が降り立つのを、菊理媛命伊弉諾射落が黄泉国から抜け出すことを "導いた神" であるという共通点だけがあるようです

質素でありながら、いや、質素であるからこその凄い迫力です

創建は垂仁天皇25年

っと、待って、紀元前5年!? 想定を恐ろしく超えてきました。。。

807年と記載されているところもありますがそれは社殿造営年を創建として捉えているようですね

神社の創建年においては磐座や祠を祀った時とする場合と正式に社殿を建てたり勅命を受けた時とする場合など様々です


あれ? 日本最古という神社のひとつとして有名な椿神社も猿田さんを祀っていたよな? と調べてみると創建は垂仁天皇27年とある

えっ、猿田神社はそれより2年も古い!?!?

ま、まぁ伝承による記述の正確性とか信憑性とかそういう絡みもあるからね(*^^*)

と同じ検索結果の中に白鬚神社も出ていました

そういえば滋賀の白鬚神社も猿田彦命を祀る古社だったよな、と調べてみるとやはり創建は垂仁天皇25年と古く。。。待ってっ!!!!!! 猿田神社と創建年が一緒!!(しかもこちらも椿神社より古いことに…)


これはあれだ、、、いつもの情報の連鎖ってやつで無関係に見えて関係があるぞっていうやつだ

というわけで白鬚神社単体で検索してHPを見ると白鬚大明神縁起というのがありまして、まぁ半分が昔言葉なのでハッキリとは分からないながらも大祓詞に似ているのでサラッと読んでみたのですが、その中に 根国底国 という文字を発見

あーそうよね、根の国底の国って大祓詞でも出て…あ、いや、それは気吹戸主と速佐須良比賣のところかー(*´∇`)


あれ、でも猿田さんの話でも黄泉の国が?


名前は出てこないけど黄泉の国には菊理媛が?


なんか朧気ではありながらも繋がらなかったところがぼんやり繋がって来ちうのが不思議


さて、ご挨拶出来てすーっと体が軽くなったかな

拝殿左手にはお社があります

中に大きな水晶玉などが見えますが、→宝物殿?と右手を見るとなんと本殿の周りを回れる!

では、、、失礼します!!

大きく立派な本殿は修繕中でございました

本殿裏には拝する事が出来るよう賽銭箱と奥に御幣が供えられています

いやー、ここの空気は(勿論御神域全てが素晴らしいのですが)とっても心地好いですね、凄く落ち着ける空間です


本殿裏手の右には石祠が並びます


そしてこちらが右側の出口

ここから左を見るとこちらにも大きな鳥居


写真を撮るのが好きじゃなければ、ブログを書いていなければ、鳥居を外から撮る為にこちらへ来ることは無かったでしょう


祈祷等の車用参道になっていました(駐車場はその先でここではありません)

道の目の前には沢山の石祠が並んでいます

と、中央の札には ←奥宮、大神降臨之地

。。。え?

猿田神社の森、そして奥宮、、、まさか遠い?

少し様子を見てみよう


道はしっかりと舗装されていますが森です

お地蔵さんです

こちらにも石祠がたくさん


暫く行くと質素な木鳥居、札には ↑奥宮 →元宮


さほど遠くありませんでした(*^^*)

では、失礼します


この鳥居を潜ると少し空気が変わった気がします

ちなみに帰りのこと、別に何も聞こえないし見えもしないのですが、鳥居の上の端に神様か眷属様かが座ってこちらを見送っているんじゃないか、なんて気がしました

気がしただけですけど...


奥宮というからには覚悟してきたのですが緩やかに下る道

なんと美しいのでしょう

と、なんと御神砂取りの場所に出ました

頒布されている神社は時々ありますが、自分で採取出来る神社なんて初めてです、有難く頂戴致しました


そして振り返るとさらに下る道


湧水池を背に鎮座する奥宮です

調べもせず来たのに導いてくださって感謝

この池に注ぎ込む御神水

奥の土の中、山から染み出しているお水です


えーと、、、結構濁って、、、?


持っていた小さいペットボトルに御採水

あれれ、彼女が頂いた御水は結構透明なのに私が頂いた御水は明らかに濁っている。。。w

日頃の行いでしょうね(´;ω;`)

でも御神水なので有難く頂戴しますよ、煮沸したらちゃんと飲めるさ!!(多分)


道へ戻りさらに先へ進むと駐車場がありまして、その先に元宮がありました

奥宮のように質素かと思ったら結構しっかりです


あかん、、、ここも凄い、、、

もう感覚がガンガンと上乗せされていきます、御神気に溢れ過ぎですよ、猿田神社さん

こちらが猿田大神御降臨之地

そして元宮です


元はこちらに鎮座されていたのでしょう

こちらがお背中


正直、いや、勿論鳥居の中はやっぱり空気が違ったのですがもう周りの山々も素晴らしいので格段に違うかと言われると奥宮程ではなかった気がします


お社の右手とその裏、そこが凄かったです

後ろに広がる森自体も凄いのですが、この木

物凄く温かで強く惹き寄せられました

特にこの写真

ブログの編集で見返す度に鳥肌が立ちます

勿論良い意味ですが

何が写っているともなく、よくある木のようにも見えるしこの写真だけならどこでも撮れそうな普通の写真なのですが、、、見る度に腕から肩、そして腰から背中へとすぅーっと空に引っ張られるかのような鳥肌が立ちます


いやー、、、凄いわ


戻ってきました、既に上述していますがこの鳥居を外から撮ろうと思わなかったら奥宮も元宮も気づかず帰ってしまっていたことでしょう


そして見事に、この予定外の工程によって時間がギリギリで過ぎてしまい御朱印とおみくじをお受けすることが出来なかったというオチが付きます、チャンチャン

でも、これには大きな理由があったんだと思います


そういえば手水舎の奥が気になっていたんd、、、おや、ガラスの向こうに何か見える?

わっ、びっくりした! 猿田様ともされる天狗面!


その先には西陽に包まれて力石と

お水取、、、り、、、

ちびちび垂れる濁った神水じゃなくても蛇口から頂けたんかーーーぃ!(爆笑)

いや、でも、奥宮で拝して頂戴した方が有難いに決まっておるのぢゃ

次に来ることがあってもわしゃ奥宮で汲ませていただくのぢゃ


その背後にはお社が並びます

西陽のせいだけではないでしょう、ここのピリッと締まった、でも温かい心地


そうです、お稲荷さんですね

ここの空気感は他の場所とはやっぱり違いますね、お狐様が見えないうちからお稲荷さんだなって思いました


物凄い御神気に溢れる猿田神社さんでした


御神気に当たられる、といいますが、とにかくもう凄すぎて疲れました

ただし、通常の疲れとは全く違って、身体も心も疲れてはおらず寧ろ充足して溢れんばかりです

そしてこの記事を書いている今もまた、実際にもう一度参拝したかのように物凄い疲れを感じていますが、満ち満ちた気分です(*^^*)


この後、我々は銚子へ向かいました(勿論特急は猿田駅を通過ですw)


後編へつづく



。。。え?

こんだけ詰め込んでおいて後編だって?w


いやー、迷ったんです!!

そもそもこの一日ですらもうガッツリガッツリなので分けてしまおうか、それともさらに併せてしまおうか、、いや、それはもうボリュームがおかしくなり過ぎる!

つまるところの

銚子旅の途中といいますか、旅前の猿田神社参拝だったわけなんですね

で、ですね

まさかのボリュームに時間を掛けすぎてしまってお受け出来なかった御朱印とおみくじの為に、銚子を巡った後の帰り、つまり翌日にも再訪する事をこの時点で決めていたんですw

行きにも帰りにも参拝するなんて、って思いますよねー、でもその価値は十二分にあるのです

その意味はあったのです


ということで、再訪の間にも別の神社と巡り会っていたので間に挟みつつ、また心身の整ったタイミングで記事にしたいと思いますd('∀'*)

街を歩けば豊川稲荷


どうも、ひのきですm(*_ _)m


赤城神社の参拝を終えた後


さて、、、せっかく雨も上がったことだし、とお散歩しながら適当に歩いていた時のこと


方向だけ考えて特に何も無い住宅地の中を適当に歩いていました


すると前方から何か違和感を感じます


見た目ではずっと普通に住宅が並んでいるだけ


出たぞ、この感覚


絶対に何かがある、いや、座られていらっしゃる


はたして、遠目には民家と一体化して見えたけど近付けば明らかなお社がありました


近づけば近づくほど空気感が変わっていきます


街角にポツンとあるお社といえば稲荷神社ですが、この雰囲気は、、、ウカ様じゃない


朱鳥居があるとか無いとか狐様が居るとか居ないとか、そういう次元ではないこの感覚、しっかりと身に覚えがあります


正面に立つのも少し緊張します

少し見づらかった扁額を近付いて覗き込んでみるとやはり、豊川稲荷でした

御祭神は荼枳尼天、仏教におけるお稲荷さんです

凄い御力であると共に凄まじい厳しさを持ち合わせていらっしゃるダーキニーのイメージがあるからでしょうかね


緊張しつつ、ご挨拶させて頂きました


窓?に隙間があったのでお賽銭を入れてよいのかちょっとだけ覗かせて頂いたのですが、何かこう、うん、雰囲気がアレだったのでじっくりとは見られませんでした


お社の左前には石が置かれていますが手水鉢だったのでしょうか


お手入れがされているようで少し荒れているようでというこの雰囲気がまた怖々しい雰囲気を醸し出しているのですが、ご挨拶してみればそういった壊さも無く、少し心地良かったです


街を歩けばお稲荷さん はもう日常茶飯事ですが荼枳尼天様にお会いするとは思いませんでした

マップを調べてみると、この近くにはウカ様のお稲荷様があったようで少し違う道を歩けばそちらにお会いしていたかもしれません


いずれにしても偶然の出会いというのは嬉しいものです(*^^*)


こうしてハッキリと荼枳尼天様だと分かるお社であれば合掌でご挨拶するのですが、鳥居が無い、お狐様も無い、鈴緒も無い、扁額も無い(あっても 稲荷 だけとか)となると拍手か合掌か迷うことがあります

勿論、鳥居があって狐様が居て鈴緒もあって、でも荼枳尼天様ということもあります

どっちでご挨拶したらいいんだーーーーーっ

ってなりますよね?


政治的な神仏分離の世は終わっていますのでどちらでも構わないとは思いますが、気を使うのであればそこは 和の心 を活かしたご挨拶

The お辞儀


拍手は打たない、合掌もしない

でもお辞儀によって礼は守れるんじゃないかと思っています( ̄∇ ̄*)ゞ

江戸の三社 赤城神社


雨は天から降るもの


どうも、ひのきですm(*_ _)m


天気が悪いとどうしても出掛ける気持ちに陰りが出てしまいます

特に雨が降ってしまうと家に引きこもってしまいますが、不思議と気が向く時もあるものなんですね

思い立って向かった先は神楽坂、捜し物があって石屋の 岩座さん へ

結局捜し物はありませんでしたが、以前から気になりながら参拝していないまま気にかかっていた神社が近くにあるのです

それがこちら、赤城神社

さすが神楽坂、想像以上に綺麗に整備されています

参道を進むとさっとひらけます

近代的、という程では無いにしてもとてもスマートな境内で右手のビルにはカフェ?があってその奥に社務所があったりします


こちらが拝殿、ガラス張りになっていて内部をとても綺麗に見ることが出来ます

御祭神は磐筒雄命と赤城姫命

聞いた事のない神様です

磐筒雄命は伊邪那岐が加具土を斬った時に剣先から飛んだ血が岩について生まれた神だそうです

斬られたカグツチからは身体と血、それぞれから8柱づつ、計16柱もの神が生まれているのでまだまだ馴染みの無い神がたくさんいらっしゃいます

赤城姫伝説については結構長いので割愛します、興味のある方は御自身でお調べ下さいw

龍神、竜宮などのキーワードも絡んで来る容姿端麗な女性神であり、女性の願いを叶えてくれる神とされているそうです


ご由緒によると創建は西暦1300年、群馬県赤城山麓の豪族 大胡氏が牛込に移住し本国鎮守の赤城神社から御分霊を勧請したとされており、1683年には江戸幕府より日枝神社神田明神とともに江戸三社とされていたそうです


群馬の赤城神社に祀られている御祭神の中には確かに磐筒雄命の名がありますが、公式HPのご由緒においても赤城姫が合殿とされている由来についてはハッキリとしていないようです


こちらの狛犬がとっても可愛い!!

加賀白山犬と呼ばれる江戸時代に流行した型だそうで今ではほとんど見られないそうです

社務所でミニチュアが頒布されていて物凄く心揺さぶられつつ我慢しました(笑)

左手には蛍雪天神が鎮座

元は横寺町に鎮座していた北野天神(朝日天満宮)が1876年にこちらへ遷座した後に戦災で焼失、2005年に蛍雪天神として復興されたんだそうです

勿論、御祭神は菅原道真

見た目に少し違和感を感じませんか?

こちらは神楽殿の中に御内陣を備えているんだそうです

やはり天神様の前では空気感が違います(そう思い込んでいるのかもしれませんけどね)


階段下まで戻り、左手方向へ進みます

そうなんです、天神様の真下を潜らせて頂くことが出来るんです!!

本殿のお背中が好きな私にとって、足元から神様を見上げることが出来るなんて(*´ω`*)

脇には奉納された赤城山と大百足のオブジェ


奥へ進むと朱鳥居と三社殿が鎮座しています

中央が出世稲荷神社、御祭神は宇迦之御魂神

こちらは赤城神社がこちらへ遷座する前から地主神としてこの地を守られていたそうです


右手が八耳神社

さぁ、ご想像つきましたでしょうか

御祭神は上宮之厩戸豊聰八耳命

うえのみやのうまやぢのとよとやつみみのみこと


厩戸でお分かりでしょう、聖徳太子です!

元は太子堂だったそうで、合殿に大国主大神、丹生大神、菅原大神も祀られています

丹生大神は恐らく和歌山の丹生都比賣神社に祀られる丹生都比賣大神のことと思われますが、もしかしたら高野御子大神、大食津比賣大神、市杵島比賣大神も合わせ祀られているかもしれません


そして左手が葵神社、つまり東照宮徳川家康公が祀られており、神仏分離の際に牛込西五軒町のお寺から遷座されたそうです


いやー、気付いてみればいつの間にか小雨も止んでいてとっても清々しい心地でご挨拶が出来ました

雨は傘をささなければならなかったりそれで手が塞がったり勿論濡れてしまったりと面倒ではありますが天からの恵みでもあり、やはり雨後の爽やかさは素晴らしいものです

これから迎える梅雨はなかなかに暑くてジメジメして嫌なものではありますが、水気というのはとっても良いものです


是非、ご参拝ください(*^^*)

夜の天神様と例大祭 湯島天満宮


どうも、ひのきですm(*_ _)m


今回はこちら、湯島天満宮


この日もぐる~りと神社巡りだったためすっかり夜になってしまいました

夜の参拝は云々はありますが基本的に門の無い神社やライトアップされているところは夜でも参拝可ですし、何故か天神様は夜でもしっかりご挨拶出来るという根拠に乏しい自信があったのです


はたして社殿にはライトが当てられており参拝客もポツポツではありますが常に人が来る感じで崇敬を集めているのがわかります

こちらの鳥居は根元に獅子が居てとっても素敵です


こちらご由緒

創建は458年とかなり古く、雄略天皇の勅命により天之手力雄命を祀った湯島神社がはじまりで1355年に菅原道真公が祀られ天神様になったそうです


数種類の撫で牛さんがいらっしゃいました


ライトアップもあって荘厳で素晴らしい拝殿

ご挨拶出来たことを心から感謝します


思えば初めて天神様を強く感じたのは京都は錦天満宮でして、その時が夜の参拝だったからでしょうか、天神様は夜参拝した方がとても雰囲気が感じられる気がしています


息を飲む美しさ

静かな拝殿前には次々と人が訪れ、拍手の音だけが響く神聖な空間

手前の木からはとても強い氣を感じます


渡り廊下も素晴らしいですね


拝殿前から右奥の鳥居、その脇には石碑やガス灯があります



その先は男坂の石段と女坂があり、湯島駅から来られる方はこちらから来ることになるでしょう


夜でなければ見られない美しさがあります


本殿の裏手には境内社が鎮まっています


右のお社は戸隠神社、御祭神は天之手力雄命

そう、天神様が祀られる前からの地主神です

左手は宇迦之御魂神を祀る笹塚稲荷神社

沢山並ぶ赤い提灯がとても雰囲気あります

こちらまで参拝される方はあまりおらず、静かにご挨拶することが出来たので、ご挨拶する時に社殿側からの風を感じることが出来ました

振り返ると月と星、星は金星でしょうか


境内社の右脇から山門を通り裏手へ降りることが出来ます


なぜか御幣が供えられています


夜なので写真は撮っていませんが梅園と庭園もあり素晴らしい境内をゆっくりと境内に居させていただきました

凄く良い気が流れている神社です(*^^*)


いつか日中にまたご挨拶したいものですね


と思っていたらそういうタイミングがやってまいりました

所用があって再訪したのですが、偶然にも例大祭当日でした!∑(ºωº`*)

参道には出店がいっぱい

こちらは前回通らなかった大鳥居

側面に梅の花

撫で牛さんご無沙汰しております♪

さすがは例大祭、御神気の溢れ方が違います

勿論、御神体は神輿に坐られ湯島の街を回ってらっしゃる最中ですが、それでも凄いエネルギーに満ち溢れています

例大祭って凄い(*´ω`*)


今回は梅園と庭園を見ることが出来ましたが人がいっぱいで写真は一部だけw


前回は暗くて気づきませんでした、本殿裏でもご挨拶が出来ました!!


この日も勿論、笹塚稲荷様ではご挨拶すると風をくださいました(*^^*)

そしてちょうど参拝を終えた所で太鼓と音楽が聞こえ、神輿が戻ってくるところとなりました

背の高い天狗様が!!

そしてお神輿!! 素晴らしい!!


偶然にも例大祭の参拝が出来て最高でございました


やっぱり祭りはイイ!!!!


というわけで、湯島天満宮でした

ご参拝の際は是非、本殿裏と境内社の参拝をお忘れなく~


ちなみに調べると火防三社稲荷もあるようなのですが二度とも見当たらず

どちらに座られていたのでしょう...お呼ばれしなかったのかな?

まぁそんなこともよくあります(´>∀<`)ゝ

街を歩けば 五十稲荷神社

どうも、ひのきですm(*_ _)m


本日はこちら、五十稲荷神社


以前、街を歩けばお稲荷さん で既に記事にした稲荷神社ですが、その時は改装工事中でした

近くを通り掛かった時にそれを思い出し、再訪してみたら真新しく美しい社殿が完成していたのです


いやぁ、立派!!

狭い境内とはいえこれだけ立派な社殿と境内を整備出来るんですから、人々から篤い崇敬崇敬を集めていらっしゃるんですね

改装中であっても素晴らしい雰囲気でしたが、完成するとさらに御神域感がアップ!!

歴史ある神道ですから、古いからこそ、質素であればこそ、という部分は少なくありませんが、真新しくてもなお御神威の強い神社というのは ホンモノ であると思います


鳥居を潜らず左手側、玉垣の所にも小さなお稲荷さんというかお狐様が祀られておりました

過去の写真を見返してみると工事中に境内一角へ集められていた狐様の中の一対のようです


こちらはどなたが参拝しても喜んでくださる素敵なお稲荷さんと感じました


是非(*^^*)b

日本武尊の想いが宿る 妻恋神社

どうも、ひのきですm(*_ _)m


本日はこちら、妻恋神社


神田神社から次の記事にする予定の湯島天満宮へ向かう途中に出会った神社です

妻恋という言葉は夫婦が互いに恋い慕うという意味ですからとっても良いイメージを持っていましたが、その通りではありながらも切ない由来の素晴らしい神社でした


暗くて読みづらいですがこちらがご由緒です


なんと日本武尊が創建した神社です!


東征の帰りにこの地へ野営した日本武尊倉稲魂命を祀ったのがはじまり

つまりは創建が西暦111~112年頃というとんでもない古社ということになります

東征で房総に上陸する際、荒れた海を鎮めるため海に身を投げ夫を救った愛妻 弟橘媛命を船魂神として祀り、妻恋明神と号したそうです

後に、日本武尊自身も祀られ、御祭神は三柱となっています


別説では、日本武尊が野営した際に弟橘媛を祀る祠を建て、後にそこへ稲荷も祀られたという話もありますが、いずれにしても創建の起源は同じようで、"神社" としては4世紀頃の発祥となるようです


吾妻はや...と嘆いたことが由来とされる地名などが多くありますが、恐らく帰路ずっと想い嘆いていらっしゃったのでしょう


石段を上がると正面やや右手に妻戀稲荷

右隣には馬頭観音の石碑


そして左に本殿が鎮座します

シンプルな造りの社殿は時間帯もあってかとても静かで心地よくご挨拶出来ました


外観と本殿手前からの写真でお気づきでしょうか、本殿脇にライトアップされたとても明るい場所があるのです

というわけでそちらへ進んでみるとお地蔵様が

恐らく水子地蔵かな、と思ったのですが調べてみるとその通りだったようです


幸い私に経験はありませんが、何故かここから呼ばれてこの神社へと導かれたような気がしました

しゃがんで手を合わせ目を閉じるとなんとも安らかな心地になりまして、お地蔵様の周りに沢山の楽しく駆け回っている子供たちが居るとても安らかな場所に感じました

ご夫婦の強い想いが溢れる社殿の隣で子の安寧も守られる、とっても素晴らしい神社でした



はて

都市伝説的なものなのであまり気にもしておりませんでしたが、そういえば理由の無い者が水子地蔵を拝むものではないという類の話があったような気がします

でも、この水子地蔵周りのなんという穏やかさか

実際、それほどの想いも無く、呼ばれた気がしたというだけでしゃがみ手を合わせたのですがこの日歩き回った疲れが一気に取れたと感じたほどに素晴らしい癒し空間だったんです

それは本当に、立ち上がって本殿前まで来たところで身体の変化にすぐ気付いたほどです


それを思い出したのでちょっと調べてみました


水子地蔵には錫杖をついているもの、合掌しているもの、子を抱いているものなどがあるそうで、こちらの水子地蔵は子を抱いています


錫杖をついている水子地蔵は賽の河原で石を崩しに鬼が来ないよう守ってくださる地蔵菩薩

合掌、子を抱く水子地蔵は水子の母親代わりとなって愛情を与えてくれる慈母観音菩薩

そして錫杖をつきつつ子を抱いているのが子安地蔵で安産を守護してくださるのだそうです


どんな人であれ水子たちの幸せを願って罰が当たるわけはない

一部で言われる、身に覚えが無いのに水子地蔵を参ると自分の子も連れていかれる、といったような話がもしあるとすれば

それは神社でも同じで余りに粗末にされていると悪しきものが集まってしまいそれが悪さをする、ということは無きにしも非ずかな、と思います


2000年近くもこの地で守られてきた素晴らしい想いが宿る神社

神田湯島へお越しの際は是非こちらまで足を延ばしてみてはいかがでしょうか(*^^*)

坂東の守り神 将門塚と神田神社

どうも、ひのきですm(*_ _)m


本日はこちら!!

言わずと知れた 平将門公の首塚 将門塚!!


めっちゃ夕方ですけど(´>∀<`)ゝ


大抵は 将門の首塚 と呼ばれておりますが正式には 将門塚 しょうもんづか だそうです


実はもう何年も前に一度参拝しておりまして、2020年4月に改修されたとのことでご挨拶して参りました

現在のお姿はとてもスマートで美しい佇まいですが改修前の雰囲気はまた凄く、ビル群の中でその一角だけが木々に包まれ、まさに侵されざる神域といった雰囲気でした

その由来を知る知らずに関わらず、そこが特別な場所だということはひと目見ただけで分かる、それくらいの迫力がありながらも一礼して一歩足を踏み入れるととっても清らかでこれぞ御神域という空気が流れておりました


神社ではなく塚だからか鳥居があるわけでもないので知らない人はちょっとした広場に見えるかもしれないほどスマートになっていました


木の端に九曜紋が施されています


木はほとんど無くなってしまっていましたがお陰で陽光に包まれてとても美しいです


祀られているのは平将門公の首


ここは元は円墳だったそうです

将門公の首が落ちたとされるこの地の人々が怨霊に苦しめられていたところ、ここを首塚として慰霊したのが1307年

以降祟りが収まったとされていますが、関東大震災で甚大な被害を受けた後に発掘調査が行われた際には盗掘損壊を修復された跡のある石室が発見されたものの将門公の首も首塚であることの証拠も見つからなかったそうです

ですが、皆さんご存知のようにこの地を開発しようとして工事関係者や大蔵省役人や関係者、その数14名もの人々が立て続けに亡くなり、足に怪我を負う作業員も続出したといます

その後、開発を諦め神田明神を中心に慰霊祭を行うなどして事なきを得ていたそうですが、慰霊祭を取りやめてしばらくすると今度は大蔵省本庁舎が落雷により消失

各地に首伝承があり、この地でも実際に首が見つかったわけではありませんが少なくとも首塚として供養されている場所ですから、これらを偶然として片付けられるのかどうか、というところですよね

神社などもそうですが、実際の御骨や遺物が無くとも御神体や形代を祀ることでそのお力や霊が降りられるものだと思います


怨霊信仰、御霊信仰などと言われ、無念に亡くなった霊が祟りを広めるとは言われますが、その原因となった当事者関係者は別として、それ以外の人々にまでその影響が及ぶというのは私的には意図的な怨念のせいというわけではなく、無念の苦しみによる悪い空気が様々な悪影響を呼び込んでしまうのだと思います

だからこそ供養の念によりその苦しみを取り去れれば悪い障りは無くなり、寧ろご利益が広がるというものではないでしょうか

最大の怨霊が味方につけば最大の守護神であります



元の異空間のような特別な雰囲気も嫌いではなかったのですが、こうして太陽に照らされる今の状態こそが時代を経た今の将門公には相応しいんじゃないかと思いました


ちなみに一時は朝敵として外されてしまったこともありますが神田神社の御祭神は平将門公です

その神田神社は元々この近くにあり、首塚に対して併せて 体 を祀ることで怨霊を鎮めたとも言われており、からだ が訛って神田となったという説もあります

折角併せ祀っていた 体 を移転させたのに問題は無かったのか?とも思ってしまいますが、江戸城鬼門守護の為という大きな期待があり、それこそ神社を特に重要視していた太田道灌がそれ相応の対応をされたのだと思います


と、いうわけで神田神社もお参りしております

折しも巫女さん達が神楽のお稽古をされていてとても良いご挨拶が出来ました(*^^*)