日々是"吉"日

ゆるゆるなスピリチュアルでパワースポットやパワーストーン、原石、お香などを楽しんでいる日々の日記です。

黒袴権現とウカ様 近森稲荷神社


どうも、ひのきですm(*_ _)m



本日はこちら、近森稲荷神社です


この日、ついに降り立ったその地はここ、笠間


ピン、と来られた方もいらっしゃるでしょう


笠間と言えば日本三大稲荷とされる笠間稲荷神社の鎮座地でございます

ちなみに三大稲荷については諸説ありまして、自ら名乗りを上げているのが総本宮である京都伏見稲荷大社、そして茨城の笠間稲荷神社、佐賀の祐徳稲荷神社、岡山の最上稲荷と四社あります

個人的に、てっきり伏見さんと豊川稲荷、笠間稲荷だと思っていたのですが(諸説あるのは重々承知の上で)、調べてみると豊川さんは自ら名乗りをあげて居なかったというのに驚きました

勿論、名乗りを上げてこそいませんが三大稲荷と評される社が他にも各地にあります(*^^*)b



というわけで、稲荷信奉者の端くれとしてはいつか参拝せねばと思い続けてきた中での昨年12月半ば、漸くの参拝タイミングを掴むことが出来たのでした


笠間駅を出ると大きな看板で往路復路を矢印で示した地図看板がありまして、基本真っ直ぐなのでこりゃわかりやすい、とスマホのマップは閉じて看板通りに進むことにしました


そして歩き始めたわずか1~2分、まさかの本日第一鳥居発見と相成りまして、いや、でも、今日は笠間さんに全力を傾けるべく罷り越したので申し訳無いが素通りをさせていただこう、と考えたわけです

だがしかし、鳥居の前からの一礼くらいはして行かねば失礼と言うもの、と向き合ってみたところ社殿境内の雰囲気に惹かれ、そして大きな由緒書きの石碑

ここは、、、とキョロキョロして目に入った社名はなんとお稲荷さん、そりゃ無視出来ねぇ!!


改めまして、こちら、近森稲荷神社です


街区画の反対側まで繋がる境内は盆踊りの櫓や屋台なんかも置けそうな広さです


そしてこの立派な由緒書き


無礼ながら、大きな笠間稲荷が鎮座する街なので周囲にこの規模の稲荷社があることに驚きましたがお稲荷さんこそ庶民の味方、崇敬の強い地域であればあるほど沢山あって当然ですね


御祭神は宇迦之御魂神、稲荷社ですが神狐ではなく立派な狛犬さんが守ってらっしゃいます


現地では反射で読みづらく由緒を把握せぬままにご挨拶したのですが、なんとも朗らかで温かみのある優しい雰囲気、でもその中に少しだけ凛とした芯を感じるお社でございました

なんでしょう、いきなり良い気分です(*´ω`*)


さぁーて、いざ笠間稲荷!! と再び歩きだしたのですが少し歩いたところで、それこそ急に、ふと不思議な気持ちになりました


あれ...? この道...あってる??


でも真っ直ぐ行くだけの道順だったし、だからこそ自信満々で進んだのだけど、まぁ一応とマップを開く


一本

間違ってる!!!!!(爆)


こちらが案内看板

シンプル過ぎて勘違いしたのでしょう

近森稲荷をわかるようにしたマップがこちら

往路と復路が一本隣ということでそれをそのまま一本ズレて間違えたようです( ノ∀`)タハー


あれ? 改めてGoogleマップで経路を調べると看板と同じ往路が示される、、、つまり、、、これやっぱ呼ばれた系???


というわけで、調べました

石碑の文字は反射でやはり読みづらかったので意外としっかりとした観光情報を載せてらっしゃる笠間市のページを参考にさせていただきました


時は鎌倉、1219~1235年に初代領主 笠間時朝が築城するにあたり佐白山より阿武権現と黒袴権現が移されたのがこの場所

後の1872年、神仏分離令により阿武権現のみが佐白山の佐志能神社へ戻されたそうです

ちなみに黒袴権現だけがそのまま遺されているということで、あの参拝時になんとなく感じた独特の雰囲気がそれだったのかな、なんて思ってみたり


ちなみに黒袴権現が遺された理由が「黒袴権現がどういった神なのかが理解されていなかったから」とされており、それによって稲荷神を合祀したとあります

ん? ちょっ、ちょっとお待ちなすって?

いや、街の方がそう言われているのですからよそ者がどうこう言う話ではないのですが


神仏分離によって山へお戻りいただいたというのならばその時点で既に神道の神がここにいらっしゃったはずなのに稲荷様が合祀された方が後とな?

そもそも神がいらっしゃらなければ仏を分離する理由が無いですよね?


調べてみるとこの疑問がなかなかに難しいところへと向かってしまうことになります


神仏分離というのは、神仏習合によって神と仏が併せ祀られていたところに神の権威を知らしめるため仏を追い出したというもの

つまりは神仏混在の寺社においては仏を別の地へ移し神社とする、仏だけの寺は一定の規模に届かなければ潰す、的なことが行われていました

なので文字通りの分離という部分ではなく廃仏毀釈的な山から降ろされた両権現だけがここにいらっしゃったのならば敢えて移す必要は無かったはず、ただ規模が小さいとして取り潰そうとしたのならば、廃仏を避けるために山へ戻されたという説明が成り立ちます

ただし、謎が謎を呼ぶ状態なのは、阿武権現が移された先が山上の佐志能神社だということ


神社!?


神仏分離とはいったい


まぁ神仏分離とそれによって広まった廃仏運動もそれぞれの地域により厳しさがマチマチだったようなので移しましたよーって行先を黙っておいたとか佐志能神社の方で暫く阿武権現の名を隠していたとかそういった事情があるかもしれません


そして一番の謎が、なぜ黒袴権現だけ残されたのかということですw

権現を一体残すのであれば二体残していても良かったのではないでしょうかね? 謎だ


まぁ、佐白山の方で よくわからん権現は受け取れぬ!! と断られた可能性もありますし、周辺住民としては一体は残っていて貰いたかった可能性もあります

でもね、結局どういったご利益があるかもわからなかったから馴染みのあるお稲荷様を合祀した、というここが最強の謎です


よく分からない権現 という割には祭礼の日に木版刷りの権現御璽を氏子に配っていたのだそうです

よく分からない権現の御璽など作りますか?配りますか?頂いて嬉しいですか?

稲荷御璽が併せて配られるようになったのは後のことだというのでそもそもが権現様を崇敬していたと考えるのが普通じゃないでしょうか


さぁ、都市伝説的な思考で考えてみましょう(もはやそれしかない)


実は黒袴権現の正体ははっきりしていたがなんらかの理由から素性を隠された存在だったのではないか

その理由があって佐白山へ戻ることは許されなかったが地域の人々は稲荷を祀ることでさらに存在を忘れさせると共に神社として存続させ、権現を崇敬し続けたのではないか

であれば、現在でも よく分からないねー ということにしておきつつもここに黒袴権現が存在するという事実を隠すことなく遺すことが出来ていると考えることも出来ます

勿論、隠していたことによって本当に本来の姿が分からなくなってしまった可能性もあります


実は佐白山に元々祀られていたのは三権現で小聖権現もいらっしゃったそうなのですが、こちらに至っては山から降ろされた記録も無くそれこそ本当の行方知れずになってしまったというのです


そもそも、佐志能神社の存在も延喜式神名帳に載っていながら存在が不確定とされるなど謎が多いのですが、これこそ歴史の闇


徳蔵寺と正福寺による争いが起きていた中、正福寺からの求めに応じて援軍に来た塩谷氏が徳蔵寺を殲滅

その後、正福寺側の言い分では更に塩谷氏が正福寺までも焼き討ちした、また笠間氏(塩谷氏)側では守ってやったのに敵対して来たから壊滅させた、というようにかなり混乱したことで史実が混濁した事が原因でしょう


つまり、勝手に推論したように隠された真実があるのはほぼ間違いがないと言って良いのではないでしょうか


いやー、これは笠間における結構な大事だと思いますが道を間違えずに笠間稲荷へ行っていたらはたしてここまで調べたでしょうか


これ、やっぱ、呼ばれてたんだろうな...


ちょっと申し訳ないけど、素敵な神社だから勿論記事にはするけどまさかここまで調べるのに時間が掛かってここまでの謎多き歴史勉強に陥るとは思いもしませんでしたw


というわけで、ちょっと道を修正して笠間稲荷へと向かいます!!


いつものようなシンプルな記事となるか!? はたまた今回のような歴史のお勉強となるのか?!


どーーーなってしまうのーっかっ!!


つづく

三貴神 阿佐ヶ谷神明宮

どうも、ひのきですm(*_ _)m


やってきました!!

阿佐ヶ谷神明宮


今回の神社巡りの大トリでございます


中々大きな規模でかなりの崇敬を集める神社なのですが意外な事に由緒については僅か


まっすぐ奥へ向かいます、こちらが瑞祥門

その先に拝殿があります


こちらが拝殿

恐れ多くて遠景のみですが、拝殿向こう、玉砂利の先には御垣内三殿になっていて中央に天照大御神、右に月読命、左に須佐之男命が祀られています


ツクヨミ様を祀られているというのも珍しいのですが三柱、三貴神を御祭神とされているところもなかなか無いかと思います

黄泉の国より戻った伊邪那岐命が穢れを落とした際、最後に生まれた三柱を最も尊いとしたことから三貴子(みはしらのうずのみこ)、三貴神と読ばれています


阿佐ヶ谷神明宮では全国唯一と言われている 八難除祈祷というのが有名でして時期になるとズラっと多くの人が並びます

また結婚式も人気なようでこの時もひと組が式を挙げてらっしゃいました


おっと、本殿にご挨拶して満足してはいけません


拝殿の右手前に鎮座されるこちら、元宮

三社造りになっていて伊弉諾命、伊弉冉命日本武尊が祀られています

拝殿には人が並んでおりましたので私は先に元宮へご挨拶させて頂きました


ちなみに拝殿左側に降臨殿という祈祷殿があるのですがそちらには天照大御神荒御魂と豊受大神が祀られていますが祈祷を受ける方だけが入れます

私は付き添いとして入殿させて頂いたことがあるのですが神事中ということを差し引いても、降臨殿はとても神々しく凄い雰囲気で素晴らしかったし拝殿内から拝ませて頂く三殿もまたとても素晴らしい御神域でした



では境内を巡っていきましょう


瑞祥門の手前には御神木 夫婦けやき

正面から撮ったらわからなかったですね? 元は二本だったものが成長するにつれ寄り添い、そして一本になったんだそうです


御神木の横には猿田彦神社が鎮座します

この時だけやたら横風が吹いていたので紙垂がめくれ上がっていますw


瑞祥門を出て左側の茂みの裏、こちらの岩は天の岩船と呼ばれていますが由来などはどこを調べてもわかりませんでした

近付けないのでズームにて

境内右手には素晴らしい能楽殿

区の文化財に指定されているそうでほんと、お手本のように素晴らしいですね


能楽殿の向かいには北野神社

北野神社といえば道真様、道真様といえば合格祈願

合格祈願 ごーかく祈願 ごかく祈願 五角、、、あっ


こちら、しっかりとした植栽に埋もれるように鎮座されていてしかも目の前が能楽殿なので油断していると素通りしてしまいます、ご注意を(。-_-。)b



さて、神明宮ではオリジナルのブレスレット型お守りや可愛らしい御朱印などが人気なようですが私が注目したのはこちら

陽のおみくじ、月のおみくじ

この日は瑞祥門を潜ってすぐのテントに置かれていました

個人的におみくじは年のはじまりだとか ここぞ という時だけに引きたいのですがさすがにこれはセットで引いてしまいました

こちらの陽月ストラップ目当てですw

裏面はザラザラの平面になっていました


好都合!!思いついたっ!!( ̄▽ ̄)ニヤリッ

丸カンを外して背合わせに合わせたら完璧やん?

このままだと揺れる時にシャリシャリしちゃうのでこの後両面テープで貼り付けました

ちなみに大吉と小吉、どちらも太陽と月に因んだ言葉が書かれているの、良いですね(*^^*)



さて、当初の予定を大幅に超えたこの日の神社巡りもこれにて終了!!

怪我もなく、イラッとすることは少しだけありましたがw、概ね穏やかに、そして巡る神社巡る神社で素晴らしい氣を頂きまして、過去最大級に凄い一日となりました

その最後を飾った神明宮でしたが、おおっ!? というような事はありませんでしたが、やはり天照様のいらっしゃる神社特有の高尚な感じでございました


ありがとうございましたm(*_ _)m








ちょっといつもと違う書き出しですw


少し迷ったのですが、別に神明宮さんを貶めるわけではなく、素晴らしい神社は神社として、気になったことは気になったこととしてやっぱり書いておきたいなーと思った次第であります


日本武尊が東征の際に休息をとられた場所が村人により語り継がれ、後にお社を祀ったのが始まりだそうです

東征が西暦110年からで113年には日本武尊が亡くなっていますのでそれ以降のどこかで建てられたということです

次に書かれているのが1190年頃、土豪が霊示により伊勢の神宮 宮川より霊石を持ち帰り安置したものが現在も御神体となっているとされています

つまり創建が110~1190年と千年程のうちのどこかという幅があります


公式HPの 阿佐ヶ谷神明宮の現在 というところを読むと「都内最大級の伊勢神宮勧請の神社」と書かれています

日本武尊を偲び建てるお社として村人が伊勢神宮から勧請したとはちょっと考えづらい気がしますので、恐らく神明宮としての創建は1190年頃ということになるのではないでしょうか

また、霊示を受け石を持ち帰ったとありますので正式勧請ではないのかもしれませんね

勿論、霊示に従い御神体(縄文期の磨製石器らしい)を持ち帰り今でもこれだけの崇敬を集めているのですからしっかりと神様は宿られていらっしゃると思います


そしてキーになるのが元宮

元宮というと遷座前の鎮座地に建てられているお社という感じがしますが、こちらの元宮、日本武尊が祀られていることからも偲んで建てられた元の 一社 ということでしょう(勿論こちらも元の鎮座地から遷座されているでしょう)

となると、霊示により持ち帰った御神体は一時的に元宮に祀られた後にお社を分けて祀られたのでしょうか

今では多くの方が元宮に気付くことなく素通りされてしまっているのが少し寂しくもあり、そんな中で周りを気にせずしっかりとご挨拶出来ることが嬉しくもあり


日本武尊は当然として伊邪那岐伊邪那美は、、、あっ!

三峯神社日本武尊伊邪那岐伊邪那美を祀り、この国が平和であるよう願って創建した神社


もしかしたら日本武尊を偲んだ村人の願いとは、、、


あは、ただの想像です(*^^*)

白蛇様? 阿佐谷弁天社・妙相稲荷社


どうも、ひのきですm(*_ _)m


いよいよこの日の神社巡りも終盤です!!

馬橋稲荷神社を出て右手、北西へ歩いていき中央線高架を潜って少し

さすがに写真は撮りませんでしたがアパートの窓下に 弁財天 と彫られた木板が掛けられていました

??? と思ったのですが、その角を曲がり進むとこちら、門柱には阿佐ヶ谷弁天社と妙相稲荷と書かれております


木に隠れて見づらいですが 弁天社 の扁額と藤棚


正面にお社が見えるのですが右手にこちら

境内に入るや否や しん とした空気感に変わりましたが、進むほどに濃くなる御神気はこちらからでした


御神木とお社がふたつ

右手のお社がとても個性的です


こちらは木なのか造形なのか、その上と棚の上にとぐろを巻いた蛇が置かれています


すみません、無礼を承知で申し上げると、、、やや不思議な感じがしまして なんだこれは? というのが正直な感想なのですが

でも、何かえもしれぬ感覚があるのも確か

それが実際にこちらから感じているのか、それともこの土地からなのか、そして奥のお社からなのか、それはわかりませんが


こちらが弁天社

やはり、お寺と同じような感覚を受ける特別な雰囲気があります

創建等の由緒はわからず、この辺りが昔はいけだったという事、開かれたこの境内が私有地であるっぽいという事しかわかりません

ただ、やや土地が湿っている感じがして池はなくなっても神様はまだちゃんといらっしゃる、そういった雰囲気です

ただ、その影響もあって11月も半ばなのにかなり大量の蚊に取り囲まれましたw


その奥が妙相稲荷

なんと近づくと水が出るセンサー式、これにはちょっと驚きました

弁天様と境内の雰囲気、門柱の名にも 神社 とついていなかったので荼枳尼天様かな? と思ったりもしましたが、ちょっとどちらか分かりません

私の元から頼りにならない稲荷センサーを使ってみたのですが、ウカ様60%荼枳尼様40%といったところでしょうか(どんなやねん)

いや、多分元は邸内稲荷でウカ様で、もしかしたら近隣にも弁天とつくアパートがあったりしたのでその地主さんが管理されてるんじゃないかなぁ、と勝手に思いました


こちらも目の前で大規模工事が始まりそうでしたし湧水が多かったこのエリアでもどんどん開発されて池が枯れていってしまうんですね

でも、私は知っています

どんな都会にあっても、どんなに雰囲気が変わってしまっても、神様を想う心が残っている限り、そのお社にはお力が宿りつづけます


こうした神社さんの場合、私はいつも 出会わせてくださってありがとうございます、この素敵な土地を守り続けてくださってありがとうございます とご挨拶しています


神様が守ってくださっている土地だからこそ、こうして気持ちよく訪れることが出来ているので(*^^*)

水龍棲まう杜 馬橋稲荷神社


どうも、ひのきですm(*_ _)m


遂に見つけました!!(なんの話じゃ)


馬橋稲荷神社です


阿佐ヶ谷駅高円寺駅のちょうど中間くらい、中央線のやや南の住宅地に鎮座する神社です


木々に囲まれた神聖な参道が続いているのがわかりますね


そして、、、双龍石鳥居!!!!!


そうです、以前、品川神社で出会った際に「どこかで見たことある!! あの神社、また行きたい!!」と思っていた龍鳥居がここだったのです

ちなみに昇龍降龍が巻きついた双龍鳥居は東京 品川神社、高円寺、馬橋稲荷神社の三箇所しか無く、東京三鳥居と呼ばれているんだそうです

高円寺!? 近かったのに知らなかった(>o<) けど次の楽しみになりました♪


見てください、この迫力


境外から向かって左が昇り龍、神様へ我々の声を届けてくださいます

右が降龍、神様からのお告げをくださいます

いやぁ、素晴らしい


双龍鳥居の真下は石橋で水も流れています


木々に囲まれた美しい参道はとても澄んだ空気に包まれていて一歩毎に清められます


両脇には小さな川が流れ、秋の虫の音と共にところどころに造られた落差から水の音が響きます


こちらの造成には桃園川への想いが込められておりました、それはそれは心地よいわけですね


もう本当に最and高でございます

近所に住んでいならば暇さえあれば来てしまいそうです


境内を前に手水舎があるのですが、これがまた素晴らしい


石の組み方、水の流れ方、そしてアジアンタムの配置、どれをとっても美しい


とにかく心身が清まり極まる


思えば、ここまでの参拝で溢れるほど頂いてきた 氣 がこの参道と手水舎でスッと体内に取り込むことが出来たような気がします


こちら、とても立派な隋神門

右に豊磐間戸神、左に奇岩間戸神が座られています


そしてこちら、赤い玉垣に囲まれた御社殿です

鎌倉末期の創建と伝わっており当時の社名は不明、後に正一位足穂稲荷大明神となり、馬橋村という地名が無くなる時に名を残そうと馬橋稲荷神社となったそうです


社殿脇には大きく凛々しい神狐様


そしてこちらが拝殿、御祭神は宇迦之御魂神と大麻止乃豆乃神、相殿に菅原道真公、美都波能賣神、伊弉那册神


ちょうど七五三の御祈祷がされている事もあってとにかく素晴らしい御神気が満ち溢れております

その強さといったらこの日から5日が経過した今、記事を書きながらでもあの時に御神気がそのまま思い起こせるほどです


主祭神大麻止乃豆乃神は大麻等乃知神などとも書かれる櫛真智命の事で御嶽神社の御祭神です

相殿は北野神社、水神社、白山神社で、、、あっ!

そうか、この素晴らしい参道でただの造形だけではなくしっかりとした氣が溢れているのは罔象女神様のお力でしたか

瀬織津姫と御同神とされており、水を司る祓いの神様でございます

こういうところ、先にいらっしゃる事を知って参拝するのと知らずに参拝して感じる事の大きな違いなのです

勿論、知らずに参拝するのも神様に失礼だとも思ってはいるのですがやはり私は先入観の無いこの感覚をしっかりと感じたいのです


社殿外側の一角にあったこちらの石、素敵です


御社殿左手には舞殿がありこの日は七五三用でしょうか着物が展示されているようでした


その奥には境内社が並びます


左手前が戦没者等を祀る齋靈殿


脇には合祀社碑と力石


赤い鳥居の厳島神社・水神社

この近辺は湧水に恵まれていたそうでそれぞれにお祀りされていた弁天様水神様が合祀されているそうです

さすが、とても素晴らしい氣が流れています


その奥は北参道とたくさんの稲荷社



様々な故あってこちらに遷座されているお稲荷さん達ですがとっても良い雰囲気です

一社だけ少し離れ新しいお社がありました


いやー、、、なんて素晴らしいんだろう、と全身全霊を込めて氣を吸い込んでいたら先程は気付かなかった事に気が付きました

桜、、、ですよね? 11月なんですけど(*^^*)

嗚呼美しや


本当に素晴らしい神社です

北参道、東参道、西参道もありましてこの後は私は西へ向かったわけですが正面参道を通って行きます

手水舎と水音の参道、そして双龍鳥居のお力をさらに頂きたくて(*^^*)


大安、午の日、稲荷の日、馬橋

最高の参拝でした(*´ω`*)


あとがき


上述しましたが、馬橋稲荷神社はかなり前になりますがぶらぶらと散歩していた時に偶然発見し、まだ神社巡りを本格的にはしていなかった私でもその素晴らしさに感嘆した神社のひとつです

昔から長距離を散歩する(歩き倒す)のが好きだったもので各地を歩き回っていた中で一体どこなのか場所も社名も覚えていませんでした

今回、大宮八幡宮を元に神社を巡り歩こうと地図をぐりぐりしていた時に社名に惹かれました

午の日に 馬 のつく神社なんて最高じゃない、と

社名をポチッと押してすぐ目に入ったのが双龍鳥居で参道も見えたのですぐに あそこだ!間違いない! とそれ以上の情報をシャットアウトすべく経路に追加だけして閉じましたw

恐らく5~6年ぶりでしょうか


東京三大鳥居を制覇すべく、高円寺を参拝する時には馬橋稲荷も再訪したいものです


これまでも時々書いていますが、ほんと、子供の頃から自転車でかなりの長距離を走ったり歩くにしても片道数時間というのはよくあることというくらい歩き倒しておりました

そしてその中で おっ と思う寺社に出会うと必ず寄っていました

そうかぁ、ここ二年ほどでこうして意志をもって神社巡りをしていますが、振り返れば小中学生の頃から無意識にやっていた、まさにライフワークだったんですねぇ(しみじみ)


ただし、無意識に寄った所ほど覚えていたりするのですが修学旅行などで連れていかれた自社は思いっきり記憶に無いんですよね( '-' )

東大寺とか絶対行ってるのに薄らとしか記憶にない、こんぴらさんだって絶対行ってるのに参道しか記憶にないし実際に上まで行ったのかどうかすら定かではない

あっ、、、だから夢が参道しか出てこないのかっ!

ちゃんと上まで来なさい、ということだったのかなぁ

成宗の牛頭天王 成宗須賀神社


どうも、ひのきですm(*_ _)m


さぁ! 素晴らしい弁財天様にご挨拶も出来たしご飯を食べに行~こぉ~っt、、、t、、、( ゚д゚)ハッ!


というわけで本日はこちら、成宗須賀神社です


いやね、左手方向から来て弁天様にご挨拶して、さぁ右方向へと歩き出したら公園か何かだと思い込んでいた隣の敷地が神社だったんですw

しかも大きい!?

どこか少しだけお寺のような雰囲気を感じますが、目の前(というか隣)に神社があって素通りなど出来るはずもありません

レッツ参拝♪


創建は941年とも言われていますが社伝は消失しており、少なくとも1600年頃には社殿造営もしくは再建されているのでそれ以前には鎮座していたと思われます


須賀神社というからにはウカ様かと勝手に記憶の取り違いをしておりましたが私の思う須賀神社はウカ様も祭神でおられただけで素戔嗚尊の神社だったんですね、誤知識を修正出来て良かった(*^^*)

なんだかお寺な雰囲気だな、と思ったのも江戸期には牛頭天王社として祀られていたそうで再建などを経ているとはいえ少し影響があるのかもしれません


参道部分も広かったのですが石段を少し上がった境内も結構広いですね


1958年再建の社殿とのことですがとっても歴史を感じさせる素敵な社殿でございます


そして思わぬことに、、、参拝を始めたところで優しく背中を下から押し上げる風が吹き、社紋の入った神社幕が暫く綺麗にめくれ上がったままになりました

もはや100発100中レベルで何かがあるなぁ


勿論思い込みが大きいとは思いますがそれでも普段からここまであっちもこっちもいろいろ感じるのはほんと珍しいのです

そういう気分だったのかな?


そろそろ疲れからか指が写り込みはじめましたが気にしないでくださいw 境内左手にはこちら


成宗の滴 と名付けられた水琴窟がありました

どなたかが既に垂らされたのか水鉢から自然に流れているのか、何もせずとも美しい音色が響いていました


水琴窟のある寺社って意外とあちらこちらにあるのですが結構周囲の音が気になっちゃったりするのですがこちらはとっても静かで竹筒に耳を当てなくても音を聞いていられました(*^^*)

社殿左奥に境内社、手水舎もあるしとても広く祀られていて立派ですね

左手は稲荷神社


こちら、威厳があって少しだけ緊張感を感じますがご挨拶したら柔らかくなった気がします

そして左手壁寄りに石祠がありました

こちらも狐様がいらっしゃるので稲荷さんでしょうが、右側の穴がとっても気になります

木が枯れた跡なのか、それとも何かの土台の跡なのか、いずれにしてもこうしたところが気になる時は眷属様とか妖精さんとか棲んでたりしないかな~なんて思っちゃいますw


と、しばししゃがんでいたら、ぽつっ、ぽつっ、なんと予定よりも早くに雨が落ちてきたっ

まぁ折りたたみ持って来てるし覚悟はしてたんですけど予定より早かったなぁ(´・ε・`)


右手側は御嶽神社になります


全体的に、やはり少しお寺感のあるというか静かに座されていらっしゃる感じの神社さんでした



境内右奥からも外へ出られたのですがそこに生えてきた木の瘤が凄かった!!

かなり複雑な形状でして、こういうのもまた、境内で発見すると拝みたくなってしまいますね


南阿佐ヶ谷駅方面からいらっしゃるとまずこちらの神社が目につくと思いますが、知らない方はすぐ隣に弁財天社があります

パッとこちら側から見ただけだとわからないと思いますのでお気をつけください(*^^*)b

泉無くとも神は坐す 成宗弁才天社


どうも、ひのきですm(*_ _)m


快晴だった朝から徐々に広がった雲は完全に空を覆い風もやや強くなって来ました

この日の神社巡りも後半戦へ突入

いよいよ善福寺側を離れたどり着いたのはこちら

成宗五色弁財天


丸ノ内線 南阿佐ヶ谷駅からだと南西方向ですね

周囲は学校と閑静な住宅街、しかも左隣はマンションで右隣は公園?という隙間なのでぼーっと歩いていると気づかないで通り過ぎてしまいそうです


創建は成宗村と同じ頃、と書かれていますが調べてみると室町後期には既に村があったようなのでそれ以前ということに

御神体は25cmほどの弁財天像だそうですがこれがなんと江ノ島弁財天の洞窟(岩屋のことでしょうか)で焚いた護摩の灰を練りこんだものだそうです

しかも天長7年7月7日という刻印があるそうですが西暦だと830年のこと

おや、どこかで聞いたことが、、、と思ったら江ノ島弁財天の御神体もでありまして空海が洞窟に篭って作成したものだそうです

ただ全国に全く同じ謂れのものが御神体として奉安されているらしく、もしかしたら最初の一体は手作されてそれを型取りしたものが全国へ分けられた可能性もあるようです


では成宗村のはじまりは、、、と調べてみるとやや不思議で一説には鎌倉時代御家人 中野左衛門尉成宗が街道監視の役について開拓したこととされていますのでその頃から成宗村となったのでしょうから創建は1300年前後という感じですかね

昔は弁天池があったそうですが埋め立てられてしまったとのこと、境内にはこんな感じの池?があります

またこちらには富士塚もあったそうなのですがそれも取り壊されてしまったのだそうです

なんとも残念。。。(´・ω・`)


写真でお気づきでしょうか、こちらの境内は物凄く不思議な空間になっていて、まさに異世界へと繋がっているような、それは決して暗く狭いせいだけではないと思われます


特にこの参道に並ばれているこちらのお地蔵様たちがしっかりと入っていらっしゃるようでとても生きた表情、目をしてらっしゃってこちらの境内を守っています

お地蔵様はどちらにいらっしゃるのも皆、とても慈しみに満ちた優しい表情をされていますがこちらはとにかく惹き付けられるように魅入ってしまうというか、そして優しさに包まれるというか


すみません、パッと見た時にはよくある小さな弁天様かと思ったのですが、もうこの時点で思いきり心を改め、心身統一で参拝に望みます


そうなんです、まだ参道でここからが境内なのです


曇りではありますが晴天でも恐らく木漏れ日程度で薄暗い境内だと思います

鳥居を潜るのに深呼吸が必要でした


御祭神は市杵島姫命、恐らく御神体である弁財天像は保護されていて見えないとは思いますが恐れ多くて覗き込むことも出来ませんでした

人の声も車の音も聞こえず しん と静まり返った中、風の音とそれに揺らされる木々の音だけが響きます

強風まではいきませんが周りはそれなりにざわついているものの周りを囲まれた境内にはそよ風程度


はて、、、いつも迷います、弁天様での参拝は拍手?合掌? その時感じたままにするようにしているのですが、ここは拍手を選びました

ガタン、、、コトン、、、、、、、ガタン、カラカラ


まるでタイムスリップしたような、時代劇で見るような山道にある小さな御堂のような雰囲気です


一礼し、鈴緒を揺らし、二礼、ご挨拶、、、お賽銭を入れ、二拍手

パン、パン


コンコンッ



!?!?!?! ! !!!!!! ! !?!?!?


ガタン、、、カラン、カラン、、、カタッ、、、ゴトッ



聞き間違いではない、二拍手の直後、返答のようにハッキリとしたノックの音が二度、御堂の中から響いたのです

確実に御堂の中(もしくは御堂自体の側面や屋根?)から響いたのは間違いなく、その音はその前後ずっと続いている風の悪戯による音とは全く異質な音であり、リズムだった

これまで様々な神社を参拝してきて、確かに不思議なタイミングで音がした事は何度もありましたが、、、ここまで明確な異質さは初めてです

すぐに周囲を確認するも当然人影は無く、さすがに御堂の中を覗き込みました

薄汚れたガラスと曇天の反射でよく見えないのですが明らかに人は居なさそう


しばらく静かに立っていましたが、周りから立つ音に似たような音も無ければ同じようなリズムもありませんでした


コンコン


今思い返しても、人がノックをするとしたら多くはこのリズムで打つだろうな、という模範的なリズムでした


ちょうどトイレの個室でこちらのノックに対して 入ってます と返事のノックが来た、まさにそんなタイミングと音、テンポでした

いや、ふざけるわけではありませんがw ほんと、そんな感じでした

あんなに周りで木の枝、何かぶら下がっているもの、緩んでいる木板やトタンなどの風に揺れる音が周囲でずっと鳴り続けているにも関わらず、そのハッキリとしたノックのような音はその一度、コンコン、と鳴ったきりでした


記事を書いている今現在、参拝から4日が経っていますがこの時の音は周囲の音も含めてハッキリと思い出せます



さて、御堂の左手にもお社があり、その奥にはお地蔵さんでしょうか?

お社には何も書かれておらずどなたが祀られているのかわかませんでしたが、記事を書くのに調べてみるとどうやら取り壊された富士塚と共に祀られていた浅間神社のようです


その先はひとつの境内のようになっていて物凄い異界感に溢れています


左には手水鉢と蛇石が供えられ、写真ではわかりづらいですが参道は石橋となってその下は用水路のようですが水があるのです


弁財天?!


凄い迫力なんです

後ろの御神木も含めてもの凄いんですが、弁財天のようなそうでないような、とにかく、何かこう旭日旗のような後光がぶわぁーーーっと出てますよね?(見えませんけど)ってくらいに


不勉強なもので、私の目には胸の前に手を出し背中に琵琶を背負っているように見えたんです

ただ、破損があるとはいえお顔がやや険しいというか凛々しいというか、とは思いましたが調べてみると大日如来像だったようです

確かに種々あるとはいえ弁財天像は合掌しているものが無さそうですし背負った琵琶に見えた部分は破損している光背、やや険しめな顔なのも如来様だったからなんですね

というか、ぶわーっと光輪が広がっているように感じたのはあながち間違って居なかったってことですね(前向きw)


いやー、、、凄い、どうですこの神々しさ



と、背後の家の方でしょうか、黒い柵の裏側を誰か通って行かれました


あ、あれ? もしかしてさっきのノック、この方だったのかな?ヽ(;▽;)ノ爆and笑


まぁわかりませんが、裏手の家を尋ねてこられた人だとしたらあのノックからこの時まで裏の玄関でずーっと立ってたのか?という感じですし、裏のお家は古そうに見えないのでピンポンでしょうし

むしろ、裏の家の方で偶然そういう音がたっただけでこの時は出掛ける時だったかもしれませんね


ただ、、、音の響は裏からじゃなく明らかに御堂自体からだったと思うんですけどね


真相は、、、わかりません♪


ノックの事は置いておいても、非常に素晴らしい御神域でして凄い御神威を感じる弁天様でございました

それは御堂からも、そして奥の大日如来様からも、そしてそして参道のお地蔵様からも


とにかく素晴らしいのですが場所的にまず参拝する機会が無さそうな場所ですから、ほんと、今回たまたまこのルートにしてご挨拶出来て良かったです

確かこちらは、全体ルート確定直前に急にマップにお名前が出て追加したんです


こういう出会いこそ、ひたすら歩き倒すおめぐり参拝の素晴らしさです(*^^*)


さぁーて!! さっすがに吸収処理能力を大幅に超えているのでそろそろ食事をとらなければ辛そうだぞ、、、(基本、食事も忘れて朝から夕方まで歩き参拝し倒すのが私)

穏やかな御神域 田端神社


どうも、ひのきですm(*_ _)m


いやはや、この日は全く珍しい日でありました

ひとつ前の尾崎熊野神社ではなぜルートに入れたのかと思いましたがさすがに社名は頭に入っておりました

続くこちらではなぜリストに入れたのかだけでなく遂に社名にすら見覚えがなく、参道手前で なんでだ? ほんとにここ? なんでここ来た? と暫し悩んでいましたw←失礼


まぁ私の神社巡りはこういうものです

よく言えば直感と縁、悪く言えば適当。。。(´>∀<`)ゝ


田端神社です


さすがにこちらは由緒書きを撮影しただけでなく先に読みました、なぜ私がこの神社を選んだのか知るためにw

創建は1400年前後、かつて北野神社(天満宮)と呼ばれた菅原道真公を御祭神とする、、、天神様なのかっ!!

んむ、今知ったという事はそれが理由だったわけではない。。。とりあえず参拝だ!('ㅂ' )



この辺りの神社は長い参道がしっかり残されていて素晴らしいことですね

やはり参道を歩いているうちに心が澄んでいくといいますか、とっても安定していく感じがしt


ふぁぁぁぁああああ(´ ◉∀ ◉`)

まさかの両部鳥居!!


えっ、リストに入れた理由、これっ? でも神社名すら頭に無く両部鳥居ってだけで追加した? でもここまで両部鳥居連発で参拝するなんて分かってたらワクワクしながら来てた気がするんだけど、でも他に理由無いですね、多分

いやー、一日で出会う両部鳥居ランク断トツ一位だと思います、うん、最高!!


こちらも境内が凄く広いですね


提灯の横にしっかりと梅が入っております、御祭神は菅原道真公、そして天照皇大神豊受比売神大国主命大山祇神が合祀されております


そして来ました、風です

左から右へ、強く押すような風

ありがたやありがたや

とても静かで穏やかな御神域、なんかスッキリ出来る空気感であります


なるほど、雰囲気としては確かに天神様っぽくもあり住宅地の神社という雰囲気でもあり

時を同じくして参拝してらっしゃる方がぽつりぽつりいらっしゃいましたが皆さんゆっくりとした参拝で、つまりはそういう雰囲気の神社さんだということです

是非、のんびり散策してください(*^^*)


拝殿左手前には赤鳥居のお稲荷さん


こちらも落ち着いた雰囲気ですがやはり何か見えないカーテンのようなもので囲われているような雰囲気があります


外からは分からなかったお社の左下に小祠があり大黒様と恵比寿様が座られていました

さらに境内左側には庚申塔、凛々しい狐さまと一緒に(*^^*)

、、、あ、あれ? 凛々しいお顔付きだったはずなのに今見ると柔らかい表情に見える?



本殿右奥には金色の鳥居、こちらは御嶽神社だそうです

この回りは庭園のような少し畑のような感じで整備されていてのんびりした雰囲気がまた最高です

田端神社の由来は 田の端に鎮座している という模範解答のような由来だそうですが、まさにのんびりした雰囲気がピッタリでかなり居心地が良いです


そのまま本殿のお背中を拝み、裏参道から稲荷脇へと一周出来ます

いやー、素晴らしいですね

じっくり見てらっしゃる方がいらっしゃったので写真は撮っていませんが乃木将軍の揮毫という大きな忠魂碑もありました

両部鳥居の脇にも庚申塔が並んでいました

、、、あっ、一番左は布袋様?

正直、像によっては大黒様か恵比寿様か布袋様か悩みますw


いやー、ほんと油断してましたね


確かに吉日ではありましたがどの神社も凄い!!

あまり感度の良くない自分としては珍しい程に疲れて来ましたw

まだ半分なんですけどね←


こうして一日で多く参拝する日なんかだとさすがに数社~半数、いやそれ以上に 特に何も感じない神社 というのがあるのです

それは私にとってさほど相性が合っていないとか、タイミングではなかったとか、私が余所者だからとか、といった理由でその神社が悪いとかそういうことでは全くありません

でも、この日は全ての神社で、こういった住宅地の中のその土地を守ってらっしゃる神社さんでさえもしっかりと迎え入れて頂いている感に満ちていたんですよね


とーーーっても有難いことでございます


そして珍しい事に、、、結構疲れて来ましたw