日々是"吉"日

ゆるゆるなスピリチュアルでパワースポットやパワーストーン、原石、お香などを楽しんでいる日々の日記です。

荏原のこんぴらさま 荏原金刀比羅神社

どうも、ひのきですm(*_ _)m


本日はこちら、荏原金刀比羅神社です


東京丸子横浜線に合流する少し手前、車通りの多い中原通りに面して鎮座する小さめの神社です


スッキリしていて綺麗に整備されていますね


御祭神は大物主神崇徳天皇の二柱


元は1772年に勧請されたといい、昭和期にこの地へ遷座されたそうですがその経緯については不明

ただ、ネットで調べてみるとかなり調べて考察されていらっしゃる記事が出てきますので気になるかたはすぐ見つかりますので社名で検索してみてください

まとめてサラッと引用するにはとてもとても申し訳ないレベルなので(*^^*)


老朽化に伴い新社殿になっていますが東京大空襲の際には辺り一帯が焦土となる中、当時の木造社殿はまったく被害を受けなかったそうです


集中しているからでしょうか、素晴らしい氣のある神社は大通りに面していながらも鳥居を潜ると車の騒音などが全くと言っていいほどに気にならなくなります


気になるところもあるんですけどね(・ω・)


御社殿左手には、、、ええええええっ Σ(゚д゚;)


石好きとしてはとんでもなく気になり過ぎるものがありますが、ひとまずおいておきましょう


御社殿左手の境内社が二社

左手の石祠は御祭神不明、右手のお社は由緒不明な三面神社で大国主神が祀られています

三面、と言われればすぐに思いつくのは鏡、、、ではなく大黒天

京都東山に安置されている三面大黒天は大黒天、毘沙門天、弁財天の三天合体の尊像で秀吉の守り本尊だったとして有名です


こちらは大国主神が御祭神とされていますが社名からするともしかしたら毘沙門天、弁財天も祀られている? 御神体が三面大黒天像だったりする?


そして神社好きでありながら石好きでもいらっしゃるそこの貴方! お待たせしました!

こちら!! 巨大なアメジストジオード!!

宝石展に展示されていたせの高くない大人がすっぽり入れそうな意味不明な大きさのジオードには当然敵いませんが、立派な石屋さんでも展示クラスでなかなか買える人が居ない大きさです

アメジスト晶洞は開運のご利益アリとして芸能人宅や経営者宅の必需品レベル(少しだけ言い過ぎ)でして、某有名アイドル俳優様のお宅にも座り込んだ時の背丈ほどのジオードが対で置かれているそうです

にしても、これ、デケェ!! しかも右側は双子型だし左側なんて上下に!!

いや、待ってください?

このふたつに比べたら小ぶりではありますがそれでも大きなジオードが向かい側にもありますぜ

これほどのものを、しかも三体も奉納されるとは一体どんな方なんでしょう。。。いや素晴らしい



ご挨拶を終えて振り返るとビックリしました


鳥居を潜って手水舎で出口を清めた時には写真を撮らなかったので社殿側からの写真ですが、こちら井戸がありとっても素晴らしい風情の手水舎なのです



オワカリイタダケタダロウカ



完全に大きな狛犬に隠れ、入って来た時は井戸ポンプに気を取られて全く気づかなかった大きな大黒様

大きいとはいえ生きてらっしゃって今にも表情が変わりそうな質感の造形です

表情? 勿論、よくぞ参ったな、うんうん と更なる優しみの笑顔に(*^^*)


いやぁ、素晴らしや


勿論、社殿だけでなく周りも修繕されているのでしょうが、まるでタイムスリップしたかのような昔の風情を感じられる素晴らしい神社でした

そして境内に居るととても穏やかで暖かい気持ちになれます

お近くに寄られた際は是非、ご参拝ください(*^^*)

幸せの社 戸越八幡神社


どうも、ひのきですm(*_ _)m


本日はこちら、戸越八幡神社


戸越銀座とはよく聞いておりましたが場所は知りませんでした、この辺りだったんですねー

諸説あるようですが、戸越という名の由来は江戸から来てこの辺りを越えると相模国に入ることから江戸超えの村となったのだそうです


長行程により既に夕方、薄暗くなっていてとても雰囲気が出ている参道が続きます

ここまでで思っていた以上に時間を使ってしまっていて神社が閉まってしまう時間が迫っていました

こちらは社務所が終わるだけなのか閉門されるかもわかっていなかったので次回以降に、とも考えたのですが、今行くべきだと思い、やって参りました


素敵な参道だったので歩きながら少し躍動感のある撮影をしてみました(*^^*)

途中、横からの鳥居もありますね

手水舎の青竹の蓋に一輪の花がセンスを感じます


この辺りから参道には数多くの木造や石像が並んでいてこちらは地名の由来と大黒様に恵比寿様

キターー٩(ˊᗜˋ*)وーー!! ポーズの恵比寿様、初めて見た気がしますw


こちらは福分け猿

御神体が発見された泉に住み着いており、なんと水を汲みに来た村人へ木の実や果物を分け与えてくれたそうで神様の化身だと話題になったそうな

そしてこちらが夢叶うさぎ、後方は神楽殿

福分け猿と仲良しだったそうでその仲睦まじさに皆笑顔になったそうです


そして日没間際と木々で更に翳った参道の終わりと空が抜け明るい御社殿

なんと素晴らしい境内でしょう


御祭神は誉田別命


1526年8月15日に近くにあった泉より御神体が出現したことから石清水八幡宮より御分霊を勧請して祀ったのが始まりと伝わっているそうです

多くの八幡様宮を参拝してきましたが久しぶりに源氏が由来ではない八幡様な気がします


日中であっても両脇を木々に囲まれた参道は少し薄暗く、そして拓けたお社は広く光に包まれていて神々しさが増しています

少し重力が違うんじゃないかという心地の良さ

あぁ、来て良かった


そういえば猿兎を過ぎたあたりから神職様が社務所から出てきて周りのお片付けを始めてらっしゃって参拝を終えたところでちょうど入れ替わるように拝殿を閉めに行かれました


時計を見ると既に時間は過ぎていましたので間に合って良かったです(*´ω`*)


そして今、記事を書きながら気付きました


境内社の写真が無い?


おかしいな、、、確かにあったような、、、

調べてみると、境内両脇に白布で覆われたお社が二社、右手が春日社で左手が稲荷社だそうで現在は本殿へ合祀されているそうです

そう言われてみれば、、、というか写真でも間違いなくその状態で写っているのでこの状態だったはずなのですが、何故か私の記憶では白布の無いお社だったのです

でも当然ながら写真フォルダを探しても幕の掛かっていない写真などあるはずも無く


気付いたのは左手、つまり稲荷社だけなのですが神額も無く何も書かれていなかったので祖霊舎や忠魂社の類かな、と頭だけ下げて来た覚えがあるのですが。。。

何よりも、幕で覆われているにも関わらず私の記憶にあるお社の姿が公式HPなどで見られる元境内社のお姿そのものなんですよね

不思議。。。( ' ꒳​ ' )

まぁきっとよくある記憶違いでしょう( ̄∇ ̄*)ゞ

そう思えば思うほど、何かよくわからない建物のような部分に石階段があるのはなぜだろう?と思ったような気がしないでもないですが、ならばなぜ幕の無いお社のお姿が記憶にあるのでしょう

勿論、前にも後にも、この記事を書くまではほぼ何も調べていなかったのですけど


というわけで、一番頼りにならないのが自分の記憶ということにして、その記憶では境内中ほどから左手の方に門のようなものがあって脇へ出ることが出来た気がします

出てやや右手、奥へ行ったところがこちら

想定樹齢250~300年というケンポナシという木

近年都内ではほとんど見られなくなってしまった木だそうでこちらも数が減っているニホンミツバチが元本殿屋根裏からこの木の洞へとお引越ししてもらったんだそうです

ちなみにケンポナシの蜜はは蜂蜜になるそうでミツバチにとっても素晴らしい環境ですね


猿、兎、そしてケンポナシとミツバチ


八百神の国においてこうして生きとし生けるものが守られ続けているというのがこの神社の素晴らしさを表しています


正面に戻って来たのですが、先程、真っ暗だったのと御社殿の神々しさにそのまま進んでしまいましたがここでぐいぐいと向けられる視線に気付きました


はいよぉ、ごめんねぇ、ちゃんとお写真撮っていこうねぇ、なんて話し掛けてしまうのは神社巡り人あるあるです(よね?)


とってもいい表情をしています

こちら、品川区内最古の狛犬だそうです


参道を戻ると、おっとこちらには巨木の跡に供えられた丸っこくてとても可愛らしい布袋様!!


写真は撮っていませんが社務所脇には屋台のコーヒーやさんがいらっしゃったり授与所前や神楽殿前には様々な展示物があったりと少しにぎやかなのですが全体的にとっても落ち着いた気が流れています


なんて居心地が良いのでしょう


とっても素晴らしい戸越八幡神社、是非ご参拝くださいませ


あ、そうそう、記事を書いていて知りました


御神体が出現されたという泉は戸越銀座駅を挟んだ反対側、小さなお社 一本杉元八幡神社 が鎮座されている辺りだったそうです

もし戸越八幡神社を参拝される方はそちらも併せてご挨拶なさると良いと思います(*^^*)

東京の白蛇様 蛇窪神社

どうも、ひのきです


本日はこちら、蛇窪神社です


実はこちら、神社巡りを始めた頃から気になっておりまして今回実際に参拝するまでに1年以上の月日が流れました

参拝はご縁とタイミング

漸くその時が来た、ということでございます


こちらはご由緒などから書いてまいりましょう


最寄りとしては中延駅の方が近いのですが私は旗岡八幡神社の近い荏原町駅から三間通りを東へ、第二京浜の大通りを渡ったところ


なんかオシャレな街灯だけど ? がすっごい並んでるみたいだなぁと思ったのですがこれがよく見ると玉を咥えた白蛇様じゃないですか!!

掛けられているペナントには 旧蛇窪村 とあり当時の地図がデザインされております


そう、この辺りは東京府荏原郡荏原町の上蛇窪村下蛇窪村だったのです

蛇 という一般にはあまりイメージの良くない名前ということもあり区画整理などによってその名は消えてしまいましたが、それでもなお、この地がこうして蛇窪の名を誇りとしているのはこれから向かう蛇窪神社への崇敬の念が強いに他なりません

これからその神社を参拝出来るという喜びがここまで歩いて来た疲れを全て吹き飛ばします


蛇窪神社

由緒は少し複雑ですので独自解釈してみました

仏門に入っていた北条重時の五男がこの地を開拓するよう勧めたのが1272年のことですが当神社の創建については触れられていません

1322年の大旱魃の際、現大田区の厳正寺北西に鎮座していた龍神社へ雨乞いをすると大雨が続いたことで飢饉を免れた神徳に感動してこの上蛇窪村へと勧請した神明社が始まりのようです(同じ鎌倉時代に森屋氏が創建したという別説もあり)

後に社格が昇格すると共に(上神明)天祖神社とされましたが令和元年に別称としていた蛇窪神社を正式名称とされています


随分と美しい大鳥居だと思ったら脇に由緒が書かれておりました

大正初期から戦渦をも免れ銅で修復されながら惜しまれつつ解体された旧大鳥居が如何に愛されていたかを感じることの出来る新大鳥居です


境内に入ってすぐ左手に伏見稲荷社が鎮座します


立派な石碑と共に由緒書きがありまして、上述の雨乞いに基づいて祀られたとされています

この書き方では1322年に既に祀られていたのかそれ以降に祀られたのかがわかりませんが、お社がまだよく見えないこの場所からでも霊験の強さが伝わってきます


目には見えない何かを感じとって撮影した足元


こちらがお社、御祭神は倉稲魂命

威厳、高尚、霊幻、清浄、とにかく素晴らしいです


こちらのお狐様は独特な造形ですが物凄く心が込められていて素敵です


境内なかほどの右手に手水舎、とても美しい花手水でよくあるものと同型なはずの龍神様も笑顔になっているように感じます


おや? 後ろになにか と見ると土搗石だそう

なるほど、窪んでいる部分に手を掛けてドシドシと土を叩き続けるんですね


そしてこちらが拝殿

御祭神は社名の通り天照大御神、配神に天児屋根命応神天皇が祀られています

境内は勿論広いのですが、それ以上に広く感じる心地良さ、とにかく居心地が良いのです


拝殿右手より奥に進めます


鳥居を潜ってすぐ右手にはこちらの撫で白蛇様

とってもキュートなお顔ですけど大きくて凄い存在感があります


奥境内正面と右手に二社ありますが、進む前に左手、撫で白蛇様の向かい側へ


石臼?????

丁寧に左から順に参拝推奨手順が書かれていて助かります(以下は撫で白蛇なども入れているので写真の掲示とは番号が違います)

1.撫で白蛇様にご挨拶

2.元宮 蛇窪龍神社を参拝

境内右手に鎮座する金の鳥居眩いお社と巨大な白龍、御祭神は蛇窪龍神

こちらは蛇窪神社創建前から祀られていたと言われていて、千年以上前からこの地を守っていたと言われています

白龍、お社を囲む白蛇さん達は伏見稲荷社のお狐さんと同じ雰囲気の造形で素敵ですね

公式HPによると、神の眷属 白蛇 は8匹集まると白龍となるという伝承を元に手造りで奉納されたものだそうです

そんな白龍さんのお背中側を拝ませて頂こうとして気付きました、蛇のように捻れた蛇松


3.先程のテーブルへ戻り、朱の三宝に用意されている種銭をいただきます(初穂料100から)

財運 冨貴 清浄 と書かれています

4.石臼上の金杯に種銭を置き「社会全体が良い方向へ向き 自分の役割を果たし お金が巡りますように」と願いを込めながら右回りに三回臼を回します

ここ、重要ですね

お金持ちになりたい! 宝くじに当たりたい! といった私欲ではなくあくまでも社会の事を願い、その中に自分自身も恩恵を頂きたいという心です

5.脇に用意されているザルに自分のお金と種銭を置き、白蛇清水に浸します

6.そして白蛇辨財天社で祈願、お賽銭箱の前には参拝の際にザルを置いておける棚があります

御祭神は宗像三女神様、こちらでも臼回しと同じく私利私欲の無い社会全体の事を願った方がご利益がありそうです

社殿手前の狛蛇さん?はなんと昇り白蛇降り白蛇になっていて素敵ですね


ちなみに手前の短い橋は 見 と 巳 をかけたと思われる夢巳橋、右奥の滝は白龍の滝

岩窟に白蛇大神様が祀られているとされておりますが岩窟は滝のところでしょうか


7.社殿左方向から戻って来るのですが途中に立派なお社、、、ではなく水槽?があります

ん? んん?

居たーっ!! 超かわいい!!!

今日の展示は白蛇の しーちゃん だそうで、日によって違うのでしょうか、いやはやリアル白蛇さんが拝めるとは思っていませんでした


8.お金を拭い、種銭は財布へ、清めたお金は自宅で保管しておくと良いそうです


9.お礼参り

アップで撮り忘れたのですが、三宝の後ろに棒が立っていて種銭が挿さっていますが、こちらは御利益を頂いた種銭をお返しするところです

間違えてここから抜かないように(*^^*)b


そうです、つまり二度目以降の参拝時には前回頂いた種銭をお忘れなく(。-_-。)b

ちゃんとお財布に入れていれば忘れることはないでしょうけど財布を変えた時などにもちゃんと入れ替えておかなければいけませんね

銭は人々の欲望を渡り歩いて自分の手元に来てそして自分の欲も乗り移っていますので、こうして銭洗いをすることで、なんか自分自身の雑欲をも浄化出来るような気がします

銭洗いなんて濡れたお札がその後面倒だしなんか強欲な気がして嫌だな、と以前は思っていたのですが、神社巡りをしている中でこう考えるようになってからは好きになりました(*^^*)



いやー、凄いボリュームでした!!

1年以上前から気になっていたとはいえそれは社名を見ていつか行かねばと思っていただけでいつもの様に詳細を全く調べていなかったので驚きましたけどw

ほんと、居心地が良くてそろそろ日没も近づき、このあともう一社ご挨拶する予定なのに後ろ髪を引かれてなかなか境内を出る気分になれなかったんです


そうです


こういう時は何かがあるんです


この時は特にそういう考えで何かを探したわけでは無かったのですが、ふと、社殿左奥が気になったのです

それまでは神職様の駐車スペースと御住居のように見えていたので全く気にしていなかったのですが、ふと覗きに行って驚きました


親子岩、復活岩、愚痴壺、そして祓戸大神!!


うわっ、マジか

思わず小さく声に出ました


なぜか境内を出る気が無くなっていたのは祓戸四神様がお呼びくださっていたからでしょうか


こちらは公式HPでは一切触れられておりませんが検索したところ公式Twitterと公式Facebookで2021年に発言されておられたのを見つけました

古くから本殿横にあった巨石を復活岩、親子岩として祓所を祀りました、とのこと

賽銭箱と共に水の入った桶が用意されており、隣の机で形代に記名して水に溶かすことが出来るようになっています

また愚痴壺は蓋を開けて中に愚痴を吐き出すことが出来るなど、徹底的に自身を浄化して再び力を得られるようになっているわけですね


いやー、まさかの祓戸大神様の登場に心が踊り、小声で大祓詞を奏上させていただきました


この時はこちら側にはほとんど人が居らず、本殿横ということもあってとっても素晴らしい氣が満ちておりました


凄いパワーが漲る、といってもエネルギッシュというより清浄感に溢れた素晴らしい素晴らしい神社です、是非ご参拝ください(*^^*)


ちなみにあまり関係ないのですが、この記事を書いておりましたらそうそうあることではない、諸事情あって生卵をパックで頂くという事が起きましたw

そうそうないというか、まず無いですよねwww

弁財天様、白蛇様にお供えするといえば卵ですから驚きました

って当然ながら記事の事は知らずにですし私に供えられてもですがw 私の心を通して弁財天様と白蛇様へ届けば、なんて思った次第であります

源頼信由来 旗岡八幡神社

どうも、ひのきですm(*_ _)m


本日はこちら、旗岡八幡神社です


大きく由緒書きが掲出されております


創建は1030年、平忠常の乱平定に向かった源頼信公が宿営の際に霊威を感じ氏神様を祀ったのが始まりとあります

待って!! この辺りの八幡様といえば将門の乱と八幡太郎かと思ったら違う人出てきた!!!

長くなるのでこの話は後にしましょう


思っていた以上に大きいです! 広いです!!



こちらの建物? 大絵馬があったらしいのですが現在は社務所で保管されているとのこと、はて?


こちらが手水舎

水鉢の石が物凄く味があって好きです


こちらが御社殿

御祭神は応神天皇、比売大神、神功皇后


うん、八幡様らしいとっても雄大で多らかな空気


隣は公園なのですがこちらの境内の中にも沢山の子供たちが走ってきたりして大きな力で守られている感じがします


ちょうどこどもの日が近いとあって鯉のぼりが掲げられていたのですがこの日はほとんど風が吹かず垂れたまま

参拝も終わり次の神社へ、、、ええいっ、折角だから国旗と鯉のぼりを揺らしておくれーっ

。。。。。。うわっ、吹いた!!\( ´ω` )/

左になんか白っぽいの写っとるけどなんぞこれ?


八幡様は軍神として祀られていますけどね、現代の世にあってはとっても優しく見守ってくれる父親のような

いや、おじいちゃんのようなそんな雰囲気がどこの八幡神社でも感じられるわけです

私自身がお宮参りをした時から見守っていただいているからそう感じるだけですかね?

一応、産土神様が八幡様だと言うことを知る前から同じ感覚なんですけどね(*^^*)


素晴らしい旗岡八幡神社でした

ちなみに由緒書きにもありましたが旗の台、旗岡というのは追討使としてやって来た頼信が源氏の旗を立て陣を敷いた事が地名の由来になっているんですね



さて、後書きです


平忠常源頼信について


調べてみると、母方の祖父が将門公であるようですが、なんともまぁ血筋と言いますか、当時がそういう時代だったというべきでしょうか

忠常もまた、揉め事により国司を殺し国府を焼き払ったことにより討伐令を出されます


力を持った国司の横暴は許し難いものの逆らえば朝敵とされるのでひたすら耐えるか逆らって反逆者となるかの二択、という当時の図式が見えるようです


先に送られた追討使(この人も 平 )はなかなか鎮圧することが出来ずに解任、続いて任命されたのが源頼信

一説によると頼信と忠常には信頼関係があったらしく、また忠常が既に疲弊しきっていたことから戦うことなく話し合いだけで降伏

後に京へ護送されている途中で病死したそうなので最初の追討軍と死力を尽くして戦ったのでしょう

後任としてあっさり鎮圧してしまった、最初から行かせたら良かったのに感のある源頼信という人はなんと関白 藤原道長にも使えたという人物だそうで、またしても教科書で見た名前が追加されました


そして頼信の子が頼義(見た事ある名前だぞ?)

さらに頼義の子が義家、、、あっ

つまり、八幡太郎のおじいちゃん!!

そして勿論のこと、頼信から数えて6代後に頼朝が居るということになります

歴史ってすげー!!!!(←遅いよw)


いや、ほんとね、もう何度書いたかもわかりませんけどもね

大河とかテレビ番組とかね、時間の都合上短くしたっていいからそういう構成力で教科書作ってくれてたら絶対勉強面白かったのに!!!

まぁ、、、仕方が無いことくらいわかりますけど、極広く極浅くの教育ってやつはほんと、覚えるだけで終わりですね

興味を持って見聞きさえすれば、権力を持つ側の利点や問題点、権力を持たぬ側の問題点や対策なんかが今の時代と比較出来て、もっとこう、社会的にもう少しは上手にみんな生きられるんじゃないかって思ったりするんですけどね

さすがにそれは言い過ぎか


ちなみに、辿れば私も源氏一派の子孫ということになりますので(末端の末端の末端なので家系図なんか無いですよ)、今思えば、お宮参りで偶然選ばれた産土神様が八幡様なのも何か繋がりを感じますね

って、源氏子孫の多さと八幡神社の数から言えば偶然というほどでもない確率ですけどw



というわけで、本日の後書き、終わり!!

崇敬愛に溢れる 旗の台伏見稲荷


どうも、ひのきですm(*_ _)m


本日はこちら、旗の台伏見稲荷神社


東急旗の台駅が最寄りで中原街道から少し入ったところに鎮座する街のお稲荷さんです


地図上は三間通りとなっている街道から入るこの道は稲荷通りとなっています


ワンブロックほど進むと朱鳥居があります


The 街のお稲荷さん、住宅と細い路地に囲まれて鎮座されていますがこちらはもうこの見た目からして御神威が溢れ出ていますね

左手に手水舎と由緒書き

まず、「わが町の守護神」から始まる由緒書きに強く込められている崇敬の念を感じて嬉しくなります

えぇえぇ、そうでしょうとも、境内を外から見ただけでかなり強く伝わってきますもの

と、後ろからちょっとやんちゃなタイプの子供たちがわいわいぎゃーぎゃーと走り込んで来まして、そのまま走り抜けていくのかと思いきやその4~5人の子供たちはドワッと鳥居を潜ってなんとお社に手を合わせてから再び走り去っていったのです

小学生中高学年頃でしょうか、あれほど楽しそうに騒ぎながら駆けていたのにお稲荷さんに参拝してから先へ行くなんて私の地元ではそんな子供見たこともありませんし自分もしたことがありません

純粋に、素晴らしい!!!!!!!!

と共に、参拝する時にそのような光景を見せてくださって本当にありがとうございます、と思わずお礼を言い、この時の私は胸から溢れる笑顔になっていたと思います


戻りましょう

創建は1926年、この稲荷に出征祈願をした120名が全て生還し、主に爆撃対象となった鉄道沿線にも関わらずこのお社だけでなく町会までも戦火を免れたというのは凄いです


分かりますか? この写真からも滲み出る温かさ


氏子様方が心からこのお稲荷様を愛しているからこそ、稲荷神もまた心から皆を大切に見守り、そしてこの地を訪れる全ての人をも包み込む優しさ

ほんと、素晴らしいお稲荷さんです!!


参拝していてどうにも強く氣を感じたのがお社の上、ちょうど木の隙間から空の見えるこの空間でした


こう、なにか特別な風がここを通っているように感じたのですが

きっと

目の錯覚か

スマホの処理落ちか

わかりませんけども

画像を貼り付けるのにシュッとスライドした時に一瞬、そう、一瞬なのですがそれでもくっきりハッキリと、画像の中で中央右よりの枝葉2~3本が揺れたんです

あまりにハッキリと揺れたもので、あれ?これ動画撮ってたデータだっけ?と思ったほどです

うーん、ちょっと疲れているだけかもしれませんね


いやー、、、くっきり揺れ過ぎてビビったなぁ


神社記事をたくさん書いてきましたが、さすがにこんなのは初めてです(´▽`*)アハハ


と、疑り深い私はそんなわけあるか?と何度も同じ操作をしてみたのですが、どちらかと言うとスライドした瞬間は少しだけ画質が粗く1秒程度でススッと画質が上がるので全体的に揺れたように見えなくはなかったです(´>∀<`)ゝ

でも、さっき見えたようにくっきりと数本の垂れ下がった枝葉が揺れるようにはなんどやっても見えない、、、というかその部分は処理落ちしていないんですけどね


あははー( ・∇・)

池中からの遷宮 洗足池弁財天

どうも、ひのきですm(*_ _)m


本日はこちら、洗足池弁財天

都内にも大きな池が数箇所あり名前は知っていた洗足池ですがここまで素敵だとは思っていませんでした

八幡様へのご挨拶目的でしたがしっかりと池も堪能しております

池には小さな、といっても十分な大きさの島がひとつ浮かんでおります

躑躅かと思えるほど鮮やかな朱色が木々の隙間から見えます


島へ渡る橋は朱の欄干


こちらが厳島神社、洗足池弁財天です

各地に祀られる厳島神社は広島湾に浮かぶ安芸の宮島に鎮座する総本社を模して池に囲んだ島に祀られることが多いのですが、それが洗足池ですから素晴らしい

波打つ雲により陽が射したり翳ったりだったのですが、前でしっかりと参拝されてる方を待ってからこの美しい両部鳥居の前に立つと一気に眩い光に包まれました

神々しいにも程がある(*´꒳​`*)

池周りもとても気持ち良かったですがここはさらに素晴らしい空気です!!


創建年は不詳ですが古来より池の守護神として鎮座されていたそうで、元は小さな島に祠で祀られていたのが年月を経て水没してしまっていたのだそうです

昭和初期に入り、なんと多くの人の夢枕に弁財天様が立たれたそうでこれは放ってはおけないということになり、築島の上で現在のように祀られたのだそうです


そうか、こちらの池は古くからあったわけでこの池があったからこそ鎮守をおくのにこの場所を選んだのでしょう

すると弁財天様は相当古くからお座りになっておられたとも考えられますね



御祭神は市杵島姫命ですが、私には、こちらは 弁財天様 という感じがします


勿論諸説はありますが全国的にも宗像三女神市杵島姫命が仏教における弁財天と同神とされています

なので弁財天にも、稲荷における宇迦之御魂神と荼枳尼天のように市杵島姫命と弁財天とで雰囲気が少し違っていると感じています(多分私の思い込みや気の所為ですけど)


でも実際に寺と神社では雰囲気も違いますし、御祭神名が変えられていたとしても仏様観音様と神様ではやっぱり雰囲気は違うものです


こうして混ざり混ざってしまったのは最終的には神仏分離によるものですが、元より日本人特有の 良いものは取り入れて上手に融合させる精神 が遺憾無く発揮された結果だと思っています(*^^*)


困ったら 神様仏様 ってやつですね


悪く言えば 曖昧 ですが、この適当さは場合によっては無用な諍いを避けてより皆の心に広がるる手助けとなります


ちょっと旅行してきた、というくらいに素晴らしい氣を頂くことが出来ました

千束八幡神社と併せ、是非ご参拝ください


と、記事を書き終えたのですが何か足りなさを感じて調べてみると、名前の由来が出てきました


千束八幡神社というようにここの地名は千束

これは当時年貢とされていた千束の稲が免除されていた土地だったことが由来だそうです

では何故、池の文字が違うのか

1282年、日蓮上人がこの池で足を洗ったことから洗足となったそうです


ほんと、こうして神社巡りをしていると教科書の中にあった文字だけの存在が現実(過去ですけどね)になるのが凄いです


八幡神社もあることから将門の乱平定後に藤原忠方が参拝し付近に居を構えたり(説)、八幡太郎義家が戦勝祈願していたり、そして頼朝もまたひと晩を過ごしたりと歴史を刻んできた池と神社

そんな場所を、今、こうして穏やかな気持ちで歩くことが出来るという平和に心から感謝です

千束郷総鎮守 千束八幡神社

どうも、ひのきですm(*_ _)m


本日はこちら、千束八幡神社

その歴史は古く、千束郷の総鎮守として八幡様の総本宮 宇佐八幡宮 から勧請されたのが貞観2年、860年のことですから1200年近くにわたりこの地を守り続けていることになります


余談ですが貞観といえば噴火や地震が多いよな、と思い調べてみると富士山噴火、阿蘇山噴火二回、播磨地震貞観地震(津波)、鳥海山噴火、開聞岳噴火、と僅か16年の間になんと大きな自然災害の多いことか


さて、神社に戻りましょう


実は先程の写真の前にこちら、朱塗りの両部鳥居


真正面が池ですけど!!w


というわけで折角目の前に素敵な池と橋があるので反対側へ、どうですこの景色!!

ちょっと小さすぎてわかりづらくてすみません、両部鳥居の前は池に向かって階段になっています

つまり、池から船を降りて両部鳥居を通るのが正式な参道だということですね(スタート地点がわかりませんが)


こちら、素晴らしい池月橋は渡り心地が凄く良い! ただ雨が降ったら滑りそうなので要注意です

橋を渡ったら少し左に逸れて両部鳥居を潜ります


石段を登ると右手に手水舎、その先に境内社

二社並んでいます


赤い幟が並べばお稲荷さんですが、初宮参りと厄除け祈願が並んでいるのは初めてです


こちらの稲荷社、おわかりでしょうか

そうです、お社の寄った写真を撮っていない

こちら、御神威が強すぎて文字通り畏み畏みご挨拶してまいりました

うーっすらとしか写っていないのですが、両脇に座られる狛狐さんはシュッとしてややキツめな雰囲気ではありますが威圧されるといった感じはありませんでした

右手の狐さんの背後には奪衣婆がいらっしゃるんですよ、そんなお稲荷さん初めてです

そしてお社自体も小さいながらとてもすごい御神威

創建年不詳ですが古くから境内社として鎮座されていたようです

こちらは神明宮

天照大神伊邪那美命、大山津見命、猿田彦命菅原道真公が祀られています


勿論、どちらも素晴らしい御神威なのですがまるで陰陽太極図のようなのです

陰と陽、とすると善悪のように捉えられる方もいらっしゃるかもしれませんが、陽があるからこそ陰があり、陰が無ければ陽も無いのです

そして陰は決して 負 というわけではなく、動と静であったり和御魂と荒御魂などのような二面性を表します

私には、この二社がそれぞれのエネルギーを相乗しているように感じました

そうかぁ、境内に入ってすぐ目の前に八幡様がいらっしゃるのにまず先にこちらへ呼ばれた理由がわかった気がします


そしてこちらが応神天皇が鎮まられる洗足池八幡宮

やはり広く雄大な感じで心地よい風をくださいます


狛犬さんがとても可愛くて、と思ったら後ろに馬


名馬 池月!! 池月橋は馬名だったのですね

時は1180年、石橋山で敗れた頼朝が安房へ向かう途中に氏神でもある八幡様が祀られるこの神社に泊まったところ、池に写る月のように美しい青毛白斑点の野生馬が現れます

池月と名付けられたこの馬は佐々木高綱へと与えられ、そのお陰で宇治川の先陣争いにて活躍したのだそうです



本殿、境内社、名馬 池月之像を囲んだあたりの空気感たるや素晴らしく、すぅーっと空へ向かって風が吹いているのではないかと思うほどでした


いやー、素晴らしい神社です!!

そしてその目の前に広がる洗足池公園はほんと安心感に満ちて気持ちが良かったです(*^^*)


さて、洗足池にはもう一社ありますのでそちらは次の記事にて(。-_-。)b