日々是"吉"日

ゆるゆるなスピリチュアルでパワースポットやパワーストーン、原石、お香などを楽しんでいる日々の日記です。

天日加氣山の麓 天日陰比咩神社

 

 

どうも、ひのきですm(*_ _)m

 

今回はこちら、天日陰比咩神社です
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七尾駅から乗客のほぼ居ないバスに揺られ20分ほどで二宮バス停へ到着、早速水音に癒されますね、、、こちらは二ノ宮川
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石動山本社〇〇...最後に文字は読めません

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石動山は紀元前92年or717年に開山されたといわれる国指定史跡で古来祭祀、山岳信仰の場であり天皇家の祈願所とされるなどかなりの規模だったそうです

 

坂道を登り始めてすぐの長賢寺さん、調べてもほとんど情報が出てこないのですがもうお手本のように美しいお寺さんです
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車は通らぬ、人も居ない、ただ清らかな水音、風の音、鳥の声が響き降り注ぐ陽光を全身に受ける道、、、最高かよ


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左手の山が石動山でしょうか
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大きなダンプが何台も何台も下ってくる、その先、正面に見える山は思いっきり禿げてしまっている、、、何か大規模工事なのだろうか、これほど美しいのに...(この伏線が後で回収される事をこの時の私はまだ知らない)

 

そして、そうだよな、わかってたよ、そうなるんだよな

 

氣多本宮に続いて参道とは呼ばないであろう裏手である
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でも山が感じられて美しいから気にしません(*´ω`*) 脇に小川も流れていて私には相応しい

 

やばーーーっ!!  めちゃめちゃ清らかで素晴らしい!!!
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全身から山の氣が頂ける、、、あぁ、、、(感動)

 

到着時、二組の参拝舎がいらっしゃったので表参道から境内を巡ることにしたけれどまっさきに奥へ向かう、こちらは境内図を調べてあったのだ(さすらに裏道は書いてなかったのでナビと見比べはしなかったw)

 

昇龍の井戸、御神水です
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この美しい山々から湧き出す清らかな恵の水、神の水(*´ω`*)

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こちらが正面参道
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大きな由緒碑があります
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石川神社庁などの資料を併せると、創建は崇神天皇の代とされていますので紀元前97~31年頃とされており天日加氣山(石動山)山頂の大御前峰社に天日陰比咩大神を祀り雨乞い祭祀が行われ、中腹の中御前社は崇神天皇の御廟趾にして垂仁天皇の皇子 印色之入日子命の御陵墓趾とされています

 

鎌倉期には能登国二ノ宮とされ850年頃より9度も神位を授けられ、隣山に祀られる船木社の御祭神は神武天皇の皇子 神八井耳命だとされるなど皇室との繋がりが深いことから社紋が菊紋となっていると思われます

 

ただ、枝摺樹山と呼ばれていたとされる石動山山頂には伊須流支比古神社の上社が、当地には下社が祀られていたところへ天日陰比咩神社が遷座(合祀)され、ふたつの宮が鎮座することから地名が二宮になったとも言われており、また能登国二ノ宮は伊須流支比古神社の方であったが現在では天日陰比咩神社が主になっているという説もあるのですが時系列が不明なためよくわかりませんね(´・ω・`)

 

御祭神について、石碑には屋舩久久能智命、相殿に大己貴命応神天皇と書かれていますが公式HPでは天日陰比咩大神、屋舩久久能智命、相殿に伊須流支比古大神、大己貴命応神天皇、大毘古命と書かれています

 

由緒とも絡み難しいので後述にて考えてみます

 

それでは改めまして、失礼します!!
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右手、昇龍の井戸へ向かう方には不思議なオブジェが並びます
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左手には龍髭楓と呼ばれる美しい楓が
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菊の御紋が美しい御神馬
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そして真っ直ぐの参道がとっても気持ち良いですね
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こちらはとっても愛らしい逆立ち狛犬になっています
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っと、こちらはなんでしょう、姫のお姿でしょうか、立て掛けられているのは菊紋瓦ですね
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脇に飛び石が続いていてなんだろうと思ったのですが御神木なのだろうか、注連縄はありませんが根元には菊紋ではない瓦がありました
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各所に瓦が置かれていて何か大切な場所なのだろうか...聞くのを忘れてしまいました

 

こちらは みくりや、杉玉が下げられていますね
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こちらでは古くから昇龍の井戸の神水どぶろくが造られており今でも神事として続いており、酒造の祖神として大三輪神が祀られているとされていますが境内社は見当たらないのでみくりや内に祀られてるのかもしれません

 

酒造の神としては大山咋神が有名ですが大物主神は祖神とされているんですね、知らなかった(*´ω`*)

 

そして手水舎、なんだろう、普通と言えば普通なのですが凄く素敵
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鳥居のように御神木がいらっしゃいます
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最初二組いたした方々が帰られてからは誰も来ず、この素晴らしい御神氣をずーっと私だけで独り占め(≧∇≦)

 

こちらでも燈籠は倒れてしまったんですね
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それではご挨拶、素晴らしい山の氣に包まれ癒されます
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神額は有栖川宮熾仁親王の揮毫ですね
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何か気になった御社殿左手ですが特に何も
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あぁ、この苔むした石だ、こういうの大好きです
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と、その背後の石、こっちだ!!  目が合ったと思ったので何か彫られているかと思ったのですが自然の穴がそう見えただけのようです

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うーん、美しい
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社殿右手には美しい神池
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こちらは唯一の境内社、天神様と稲荷神を合祀する天神稲荷神社です
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奥に階段が見えたので上がってみたけれど特に何も無く、お祭りなどに使われる場所かもしれません
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実は七尾から三社とも凄く素晴らしいのですが特別な風も何も感じることができず少し寂しく感じていたのです、そんな事を感じてしまうのは烏滸がましいな…と思っていたのですがゆっくりこの素晴らしい境内を回っていて気付きました

 

おしるしはなくともこんなにも素晴らしい氣を全身で頂けていること、それこそ最高の御利益じゃないですか、巡拝を重ねていくうちに何かを求め過ぎていたんだな、と反省
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そりゃそうですよね、私はもともと神様にお願い事というのをほとんどしませんが今回は能登の皆さんの平穏と笑顔を願いに来たんですから私におしるしなど無くて良いんです、当然なんです

 

いやー、スッキリした(*´ω`*)  なんか想定よりも大分時間があったのでまだ食べて居なかったあんバタパンを食べようと境内から出て駐車場側へ来ると鎮座石がありました
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天狗の足跡、、、これですね(*´ω`*)
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パンを食べ終えて何気に木を眺めていると、、、あっ!!
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けろたん(*´ω`*)
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さて、、、まだまだ時間があるのでのんびりしていると御守りや御札と並んで見える菊紋の包みはどう考えてもどぶろく

 

どぶろくは神事で振る舞われる他、御祈禱やお祓いを受けた方にお下がりとして授与されるそうです

 

うーん、結構余裕があるとはいえ御祈禱をお願いする時間はさすがに無い...実はどぶろくは飲んだことが無い、そして清酒は好きだけれど甘酒はさほど好きではない、さらに別物だとは思うけれど酒粕はちょっと苦手、つまりどぶろくもあまり好きではない可能性が高い

 

でも、、、なんだろう、、、物凄く気になる、張り紙には御用の際は電話を、と番号が貼られている、、、でもきっとおどぶろくは苦手な気もする、、、

 

調べてみたら、中能登の記事にお祭りではどぶろくの振る舞いと販売があると書かれている、もしかしたら譲っていただけるのか?

 

うーん、、、うーん、、、でもわざわざお呼び出ししてっていうのも、とさらに悩んだけれど木漏れ日を眺めていたらスッと心が落ち着いた

 

電話を掛けてみると道向かいから宮司さんの奥様でしょうか、女性が来てくださって人形をお納めして後にお祓いをしていただき、そのお下がりとしてどぶろくを分けてくださいました、常温と冷凍どちらが、と聞かれたので冷凍を(*´ω`*)

 

これが神様からの引き合わせだったのでしょう、いつもならどぶろくは頂かなかっただろうし、ましてや電話もしなかったはず

 

ちょうど移動にギリギリの時間までいろいろなお話をしてくださって凄く凄く有難かったです

 

下から見えていたあのはげ山は砕石を集める為なのだそうです、沢山通るダンプはそれを運んでいたんですね、一部の地元の方や観光客、参拝者からは景観的に、、、という声も多いそうですが今回の災害においてその砕石は被災地へと運ばれ、またダンプの運転手さんも各地から応援に来てらっしゃるそうです

 

私の性格上、いつもならば環境的に凄く残念な気持ちになるのにそうはならず山上の社地整備とかかな?という風に気持ちが向いており、ダンプが通る際も邪魔しないようわざとゆっくり歩いて距離を空けたりしていたのはそういう事だったのかもしれない

 

神社の前を何台も通過するのをいつもなら嫌に思うところ、全く、本当に一切気にならなかったのもそういうことなのかもしれない、それはこのお話を聞いていなければ気付けなかった事でした

 

また会社の方はとっても信心深くて当社を足繁く参拝されており、社殿前の砂利はその砕石が撒かれているのだそうです...!?!?

 

実は境内でのんびりしている時やけに砂利がキラキラと光っているなって思ってたんです! と話すと喜んで 持っていってください! と

 

普段ならば いやいや、境内にあるものは神聖ですから持ち出すなんて! というところですがこれもきっとお導きなのだろう、と断らずに数粒を頂戴しました、ずっと大切なお守りにします(*´ω`*)
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家で撮り直したものがこちら、綺麗なカリウム長石が多く含まれた美しい花崗岩ですね(*´▽`)
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話がはずんで伊須流支比古神社や久氐比古神社の話になると 今から送りましょうか!! 送りますよ! とまで(≧∇≦) いやいやいやいやそれは申し訳ない、とお断りしましたが超優しい(*´ω`*)

 

尽きぬ話で盛り上がっていると禰宜さんが用事で呼びにいらっしゃったのでいろいろと感謝して神社を後にしたのですがそれがまた なんで知ってたの?!ってくらいに駅まで歩いて電車にちょうど良い時間!
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天日加氣山、枝摺樹、石動山、本当に素晴らしかった(*´ω`*)
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そしてこちらのどぶろく!!
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しっかりと瓶に入っていて想像以上にどろどろですね(冷凍だったので袋がシワシワになっていますw)
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冷凍とはいえこの好天の中を夕方まで巡拝してホテルの冷蔵庫に入れたのは夕方終わりがけだったのですがなぜか持って来ていた保冷バッグに入れていたので問題なし(*´ω`*) 、、、!?Σ(゚д゚;)

 

そう、実は出発前の荷造りを終えた時、なぜか無意識に保冷バッグをリュックに入れたんです、、、あれ?旅先で要保冷な物なんてそもそも買わないのに保冷バッグなんか要らないだろう?、と気付いて一度出したんですが、なにかあるのかな?まぁ軽いしいっか、と謎の直感を信じて入れていたのです、、、この為だったのか!!(゚ω゚)

 

はじめてのどぶろく、思っていたよりも酸っぱい! そしてミキドリンク(知る人ぞ知る)のようにどろどろなので飲むと食べるの中間のような感じ
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最初は うーんまぁこんな感じかぁ という感想でしたが飲み進むと癖になる感じで良いですね(*´ω`*)  おつまみにスーパービーバーを買ってきたのですが夕食を食べて来た後だったしどぶろく自体がお腹に溜まるのでおつまみ要らないですねw

 

 

さて、いろいろ難しいのですが、まず開山後に石動山となったのは良いとしてその前の名が枝摺樹山と天日加氣山と二通りあることです、これは後に天日陰比咩神社が合祀された説がある事を考えればエスルギ山からアメノヒカゲ山に、さらに石動山へと移り変わったのかもしれません

 

さらに天日陰比咩神社は元々どちらに鎮座されていたのか、同じ山を御神体として祀っていたのか、というところが謎になりますが後を追えません...

 

御祭神について、まず大御前社である伊須流支比古神社の御祭神は伊須流支比大神ですが、その名は いするぎ ゆするぎ が石が動く山 という意味だそうで、、、うわぁ大混乱

 

これは二通り考えられますね、古来より石が動く山としてイスルギ様が祀られていた山だったので石動山として開山されたパターン、こちらが自然でしょうか

 

もうひとつは逆説、開山され石動権現が祀られていたところへ廃仏毀釈令が下りイスルギヒコとされた説、その場合は古来祀られていたのが天日陰比咩神社だということになります

 

これはちょっと無理がありそうに感じますが、伊須流支比古神社には白山比咩神社が合祀されており、イスルギがイザナギ、シラヤマヒメがイザナミという事で夫婦神として祀られているというのであながち無くもない?

 

また町の由緒では石動山開山について、山鬼怪物棲む恐ろしいエスルギ山を鎮めるために二宮のうちイスルギヒコを大峰に勧請したとされている、現在の社地は元拝殿で廃仏毀釈により山頂から本殿が降ろされたそうです

 

とにかく、単説では意味がわからず、複数説を併せるとつじつまが合わない、、、物凄く一方的なこじつけで言うと、元々祀られていたのは自然信仰であるアメノヒカゲヒメであったがやがてイスルギ権現の下社が先に創建され開山と共に上社が創建され、山岳信仰の人気によりアメノヒカゲ伝承と混同されていった

 

廃仏に従いイスルギ拝殿だった場所へ本宮が降ろされた為、下社はアメノヒカゲに合祀された、だから二宮として合祀されているはずなのに山にもイスルギ神社がある、、、というのはどうでしょう←聞くな

 

勝手な妄想なのでその妥当性はさておき、個人的には白山さんを合祀してイスルギとイザナギを掛けて夫婦神として祀ったというのが物凄くツボですけどね、凄く良い(*´ω`*)

 

では天日陰比咩とは?

 

はい、謎です←をぃw

 

元は天日加氣比咩とされていたこと、日を陰らせるということ、雨乞い祈願がされていたことから昇る陽を山が陰にしてくれて美しい水の流れるこの場所が選ばれたのではないでしょうか

 

そして太陽を鎮め雨を降らせる神、何かを鎮める神は女神と相場が決まっています、さらにその願いを神へと届けることが出来る巫女ということも関連しているのではないでしょうか

 

屋舩久久能智命は神産みで生まれた木々の神で 屋舩 が着く場合は家屋(木造)を司るとされることもあるそうです

 

もうこうなるとめちゃめちゃな推論ですが山そのものを神のお住いと考え、或いは山に権現としてイザナギイザナミが祀られたので木々に宿る神子神が宿が祀られたのではないかと

 

そしてやはり気になるのはイスルギが書かれていたりいなかったりという部分でしょうか、人によっては元から鎮座していたイスルギにアメノヒカゲがやってきて取って変わったように考えてらっしゃる方もいるようです

 

延喜式では伊須流支比古神社が二宮とされているのでその可能性の方が高いように思えますがそもそも延喜式神名帳の成立が927年とされていますので私個人の感覚では717年の開山から200年も経っていれば(実際に二宮とされたのがいつかにはよりますが)山岳信仰の方が主流になっておりイスルギ権現の方が主とされていてもなんら不思議は無いと思います

 

いずれにしてもちゃんとした資料も無くそのように考えていらっしゃる方も見当たらないのであくまでも私個人の妄想です ^

^;

 

続いて、なぜ崇神天皇御廟があったとされているのか

 

調べてみると中能登には崇神天皇の皇子 大入杵命の御陵 小田中親王塚古墳があり、子孫が能登国造である能登臣氏であるとされています

 

なるほど! だから能登に鎮座される神社の社名がとても古く、そして父の廟所があっても不思議ではない!! でも垂仁天皇皇子については能登の繋がりが書かれておらず御陵とされる場所も和泉や美濃とされており能登という説は見当たりません

 

奥州平定後に裏切られ朝敵として討伐されたとのことで一時的に能登で埋葬された可能性は無いとはいえない、という感じでしょうか

 

 

今回の巡拝地を決めるにあたってはまず能登という事がありましたが当然ながら迷惑になる地域へは行けない、復旧状況などを見て七尾までとしました

 

しかし、当然ながら足の無い私にとってバスも鉄道も本数が極端に限られる地での巡拝ルート策定は困難を極めます

 

そんな中でもなぜか、絶対に外せないと思ったのがこの天日陰比咩神社だったのです

 

事前に知っていた情報は雨乞い、謎の神、境内図だけで伊須流支比古神社との関連や石動山については全く知りませんでした

 

この後は羽咋へと向かったわけですが、これだけ移動に苦労するならば七尾と羽咋だけに絞るべきかとも思ったのですが何故か天日陰比咩神社を外すことが出来なかったのです

 

結果、ここまでたっぷりな記事になる(これでも書ききれてない←おいw)ほどの参拝となったのはやはり直感というのがどれだけ大切かという事の証明であると共に、やはりお導きなんだろうと思います

 

次の機会には是非奥能登を、そしてこちらも再訪して伊須流支比古神社や久氐比古神社と併せて帰ってきたいですね(*´ω`*)