どうも、ひのきですm(*_ _)m
分享スタートだったのになぜ青戸まで移動したのか、それはこちらが目的地だったからです
五方山熊野神社です
という事前情報のみですが春先だったでしょうか、とある事がキッカケで知っていたので是非参拝したかったんです(*´ω`*)
さぁ、やって来ました!! っと、めっちゃ工事してる?!
左手には幼稚園が併設されていて賑やかです
なんかすみませんね、と作業員さんやガードマンさんの邪魔にならぬよう鳥居でささっと一礼して境内へ、、、って、でたっ!! ばっちり裏参道!!!www
では、正面の手水舎から(*´ω`*)
既に本殿前を通り抜けてきましたが物凄く素敵な境内です、これは間違いなく氣が合う!!
手水舎はとっても雰囲気が良いですね、天神様が祀られているようで小さめの撫で牛もこちらにいらっしゃいます
それではご挨拶!!
既に茅の輪がありますね、6月末は夏越の大祓でございます、そしてこちらは左手に小さな茅の輪がありましてこちらは恐らく腹這いで、、、ってそんなことあるか? と調べてみたらペット用とのことですw
こちらは幼稚園もあって境内の御神氣はそのままにとても穏やかで優しい雰囲気に満ちているのですがこういうところにもそれが現れていますね(*´ω`*)
そしてご挨拶、特におしるしは無かったような気がしますが境内の氣がとっても良いので来られただけで、居るだけでとても満たされます
晴明さんということで何かあるかな~とも思ったのですがこちらは祀られているわけではなく創建された社なのでそういうものではありませんね(´>∀<`)ゝ
社殿左手には御神木、この後ろが幼稚園なのでお子様がいらっしゃったのですがきっと素敵な教育されているのでしょう、「しーっ、静かにしよう」という囁きが聞こえました
幼稚園併設という神社さんはままありますがその賑わいがあったからといって参拝の邪魔にはなりません、むしろ子供たちが元気であればあるほど神様も喜んでらっしゃるだろうしその状態でご挨拶出来るというのはとても贅沢です
が、こんな小さな子が神様へご挨拶する人がいらっしゃる時は静かにしておこうという気を使うなんて凄いじゃないですか、良いんだよ元気に騒いでいても(*´ω`*)と思いつつ心の中で ありがとうね と感謝
右手が境内社になっているのですが、参拝している時から気になっていた白いフクロウさんw
拝殿前、つまり上から見た時は愛嬌がありながらもどこか不思議なオブジェだなぁ、カラスじゃないんだなぁ、と思ったのですが
説明を読み下部の鉄球をぐぃーっと揺らすと羽根を大きく拡げ
羽ばたくようにぐぃーっと前へ、、、可愛いwww
姿を変えて飛んできた、とはどういう姿だったのか気になるところですがこちらの優しさはずーっと続いてらっしゃるものなのですね(*´ω`*)
こちらはお稲荷様、少しピシッとした氣が流れています
そして本殿脇には夫婦楠
手をかざしてパワーを頂けるとのことですよ(*´ω`*)
そして石祠の三社は水波買神を祀る水神社、稲荷社、そして経津主神を祀る香取社です
なぜ香取さん? あぁ、川の先が!! と思ったら全然方向が違いましたw でも地域的には荒川より東ということで流れがあるのかもしれませんね
どちらからでも行けますがこちらから入って社殿脇から出る方がルートのように感じました(そう思っちゃいたけど白梟さんに惹かれてw)
鶴亀が脇にいらっしゃって長寿参道とされています
手水舎側に天満宮と浅間社、これまた凄く良い氣が流れています
なんて心地よいんだろう、、、と鳥居前でその氣を全身に浴びつつ見上げると美しい空、この街の静かで優しさ、あぁ、、、来て良かった
道真公が祀られる天神社です
こちらは覆屋になっていて中に社殿があるのですがその手前にこちら、五角形の東屋(?)に着物を着た人形が、さらにその後ろには数珠を掛けた手を合わせる仏像が、なんか素敵です
浅間社は少し富士塚のようになっていますね、まさか朝から続けて二社も咲耶様にご挨拶出来るなんて(*´ω`*)
そうか、ここだ、ここの氣が物凄く優しく穏やかで包み込んでくれるんだ
これは決して思い込みではなく(太陽が気持ち良いからかもしれませんがw)、明確にこの場所の氣が私にぴったり過ぎてすぐに進まずにまた暫く佇んでいたほどです
では、とゆっくり歩を進めると、、、え? は?! え?!?
黒い影と目が合う、暫く見つめ合うとヒョイヒョイっと岩の上へ登る黒い影
かっ、カラス!!!
眷属様として大好きなカラスさんですが、熊野さんといえば八咫烏ですからまさにこちらの眷属様、そんなカラスさんに会える、っていうか、、、小さい?!
ゆっくり登っていくと彼は参道に降りてひょっこひょっこと社の前を横切って後ろへ
というわけで、木花咲耶姫命を祀る浅間社です
最初すぐに カラスだ! ってならなかったのは大きさがそれほど無かったから、子カラスちゃんですね(*´ω`*)
そうかぁ、横に居て声を届けてくれるんだね(*´ω`*) ...っていうか可愛すぎるだろう
こうして見るとしっかりカラスではありますし
雛というにはもう大きい
色と大きさを除けば角度によっては雀などのように可愛らしい姿で
とにかくめちゃめちゃ可愛いんです(*´ω`*)
おじさん、もう、メロメロ(*´ω`*)
そうなんですよ、しっかり落ち着いちゃって2mと離れておらず少し伸びれば背や尾に手が届いてしまう距離なのに全く警戒されていなくてずーっと居るんです
目の前を小さな虫が飛ぶと座り込んだまま目で追って啄もうとしたりめちゃめちゃ可愛いんですけどぉぉぉぉお
しばし堪能したのでお礼を言って社務所へ
お守りを頂いて社殿へご挨拶、そして戻って来るとまだ居たw
いやー、、、なんて日だ、凄いぞ凄いぞ凄いぞ(*≧∀≦*)
カラスはカラスだから大丈夫だとは思うけどお前さん警戒心無さ過ぎるからしっかり気を付けて大きくなるんだよ(*´ω`*)
もしかして...眷属さんでありながら式神さんだった?!( °-° )
というわけで素晴らしい五方山熊野神社さんでした!! 子カラスちゃんの事もあったけれど、ここはトップクラスに氣が合いましたね~(*´ω`*)
というわけでこちらが正面参道です
参道は南にあるので北の青砥駅から向かうと回り込まないと裏参道になってしまうんですね、京成立石からであればそのままこちら側から参拝出来ると思います(*´ω`*)
そうそう、熊野さんを後にその京成立石へと向かうと川沿いにとげぬき地蔵さんがいらっしゃいました
とげぬき地蔵といえば巣鴨ですよね、そういえばなんでとげぬきなんだろうと調べてみると誤って針を誤飲してしまった女性に地蔵尊像が写された紙札を飲ませると(それもまた凄い)その地蔵尊を貫くように刺さって紙札と共に針が出てきたのが由来だそうで、お地蔵様自体は延命地蔵尊なんですね
おぉぉ、素敵な空だ(*´ω`*)
では調べてみましょー!!
創建は平安時代中期、一条天皇の代 1000年頃、晩年の晴明が清浄地を求める旅の中でこの地を選び、三十間五角の結界を張って熊野神社を勧請したそうです
御祭神は伊邪那岐大神で速玉男大神と事解牡大神が相殿に祀られています
御神体は70cmほどある神代の石剣でこの辺りには古墳群や霊石があった事と併せて 立石 という地名の由来になったそうです
そして全然気付かなかったのですが神馬としてポニーがいらっしゃるそうです、いやー会いたかったな(>_<)
そういえばとても惹かれてお受けした金烏守ですが方位除けのお守りなんです
実は、全く意識していないのに各社で惹かれてお迎えする神札や御守の多くが厄除け、そして方位除けなんです
ちょっと不敬ですが、「おっ、これすごく良い! でも方位除け守りか...別にそのご利益を求めてはいないんだよな...でもなぜか凄く惹かれるし御神威が宿られていることには違いない」とお迎えしていたのです
神棚にも金色(黄色)に輝く上賀茂さんの方位除神札がいらっしゃいますしね
そして五方山でお迎えしたのも方位除け、さすがに なんでかな? と思っていたのですが実は私、昨年が八方塞がりだったらしいのです(シラナカッタw)
厄年も含めて余り気にしていないのですが今回ばかりはそう言われるとズドンと思い当たることが..._| ̄|○ il||li
え、じゃぁ昨年こそ方位除けのお守りに御縁が必要だったんじゃないかっ!!遅いよっ!!(爆笑)←自分が見てなかっただけだろ
で、何?なんで八方塞がり明けとなる昨年末から立て続けに方位除けに向けられているかと思えば翌年、つまり今年は閉じ込められていたエネルギーが噴き出すんだとか
つまりアレか? おめぇさん今年はあっちゃこっちゃ行くようになるから方々での厄災を取り除っといちゃるねん ってことだったんでしょうか
そう思えば、まぁ実際は内に引きこもったり家に閉じこもったりとイロイロではあるのですが確かに各地への遠征が連発してはいる
いやまて、それはこじつけだな! だって昨年も3月に東北遠征、10月に糸魚川と遠征している!! とはいえ今年になって半年で既に米沢、北陸、そしてもう一箇所(まだ出発前)と動きまくっているではないか!!
別に行こう行こうとしているわけではないのに たまたま での遠征が続いているので予算は抑えているとはいえさすがにそろそろ落ち着こうと思ってはいるのですが、確かにこの調子で行くと近年に無い遠征年になってしまう可能性もあるなぁ
しかし、昨年のうちに方位除けに御縁があれば(ちゃんと調べておけば)厄災疾病も防げたんじゃないかなぁ、、、なんて思ってみたりもしますが、いやいやそれは違う、たとえ前以て八方避け八難避け方位除けをしていたとしてもきっとそれで防ぐことは出来なかったのだろう、全ては身から出た錆、自分自身が悪いのだ
と、いうわけで京成立石へと向かうのでありました