日々是"吉"日

ゆるゆるなスピリチュアルでパワースポットやパワーストーン、原石、お香などを楽しんでいる日々の日記です。

津軽国一宮 岩木山神社 後篇

 

 

 

どうも、ひのきですm(*_ _)m

 

本日は岩木山神社後篇でございます

 

禊所、稲荷社を経て素晴らしい楼門へ戻ってきました
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お気づきでしょうか

 

そう、なんと石玉垣狛犬がぶら下がっているのです!!

 

左側には下がり犬、右側には上り犬、、、と呼んでいいのかわかりませんが、近づくにつれ徐々に姿が見えてくるのがこの表情ですから思わずこちらも笑顔になってしまいます
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左の下がり犬は恋愛運、右の上り犬が金運の御利益と言われてもいるようです(*^^*)b

 

左右には随臣 左大臣 右大臣 がいらっしゃいます
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あれ? 左大臣が若くて右大臣が老年???

 

今更知りました。。。神座から見て左右なので正対して見ると左右逆なんですね、そして左の右大臣は若くて力を司り、右の左大臣は老年で知恵を司るんだそうです

 

楼門の先には大きな絵馬と玉垣に囲まれた中門
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この中門がまた素晴らしいのです
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とても美しい彫刻と彩色です
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こういう素晴らしい門は絶対、、、と見上げるとやはり素晴らしい龍絵が10枚も描かれています
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もしかして、と反対側を見上げるとこちらの方が色が残っていてまた素晴らしい(*´ω`*)
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そしてこちらもまた素晴らしい拝殿です
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お気付きになられましたでしょうか

 

しめ縄がとても素晴らしい、、、だけでなく、初めて見ました、なんとその上に俵が三段に積み上がり御幣が供えられています
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少し離れないと見えませんが上部も素晴らしい彫刻です
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とても健やかな御神域ですが不思議なことに素晴らしい中門を潜り素晴らしい拝殿前に立っても何かが変わることはありませんでした

 

いえ、勿論、より素晴らしい空気感だとは思うのですがよく感じるような、最後の鳥居や門を潜り素晴らしい神前に立つとより御神域感が増すというか濃密な御神威を感じるのですがこちらでは一の鳥居を潜ったところからずっと素晴らしく、一際変わったとすれば大きな楼門からでしょうか

 

そこから先は満遍なく素晴らしいというか、凄く落ち着いた穏やかな空気なのです

 

記事を書くのに調べたことで少し複雑な由緒がわかり、その理由が分かったような気がしますが長くなるのでお得意の あとがき にします(*^^*)b

 

瑞垣前の大きなうさぎの絵馬、この右側から奥へ道があります
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そちらへ進むと本殿を見ることが出来ます
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えっ、石造りなのっ?!Σ(゚д゚;) と思ったのですが目が悪いだけでよく見たら雪から守る為の木板でしたw

 

この木板の内側はそれはそれは素晴らしい装飾で見れなかったのが残念ではありますがこの状態でもとても素晴らしい雰囲気ですね

 

すると拝殿の方から笛の音が響いてきました、聞いたことのあるようなリズム、御祈禱が始まったかと思ったのですがそのまま笛の音だけが響き続けていたので御神職様が練習されちたのでしょうか、暫し山の気、風、太陽、雪、そして音色を堪能させて頂きました
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この道の先にも境内社が鎮座されています
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これまたなんと可愛い狛犬さんだこと!!(*´ω`*)
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橋で川を渡るとお社があるのですが浮島とされている方もいるので池に囲まれているのでしょうか、こちらは白雲神社
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とても健やかな空気に溢れ、弁財天様かと思ってご挨拶しておりましたが調べてみると、なんと、こちらの御祭神は白雲大龍神 多都比姫神だというのです

 

なんですって!!!Σ(゚д゚;)

 

これも長くなるので後書きにします!!(後書き長くなりそうw)

 

中門から左側は雪に埋もれていましたが何か呼ばれる感があり暫し佇みます、、、なんだろう、特に石碑や標も無いようなのですが何か、、、が?
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やはり笛の音には力が宿っているのでしょうか、この時にはもう音色はやんでいましたがグッと山の氣が強くなってたような気がします
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気になった左側を調べてみるとここから岩木山への登拝道になっているのだそうです、お山が呼んでくださっていたのでしょうか(すみません、流石に無理ですw) っていうか、山頂まで4時間掛かるそうです、、、

 

いやー、、、とっても素晴らしかった、、、(*´ω`*)
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再び御神水を頂きました(*^^*)
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そしてカード守りを(*^^*)
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参道を下る左手側に遊歩道という標示を発見、バスの時間までかなり余裕があるので行ってしまおう!!

 

大きな建物は雪で覆われていますが茅葺になっているようですね、こちら重文になっている社務所です(屋根から落ちる雫がキラキラ美しくて撮った角度なんですが写らなかったですねw)
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雪道を歩いていくと、、、あれ?道が無くなった?! と、、、雪の中に足跡が。。。まさかこれ遊歩道っ!!Σ(゚д゚;)
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よく見ると埋もれかかった標示が、、、いや、さすがに無理!!
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さーて、、、じっくり1時間半掛けて参拝と散策を終えたけれどバスの時間まで1時間以上あるぞっと( ᐕ)

 

と、目に付いたのがこちら
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そういえば行きにも幟が気になってはいたのだけれど、やっているのか?!

 

こちらはなんと一の鳥居から少し入った所、つまり境内にある湯元岩木温泉食堂部というお店、覗いてみると電気がついているので入ってみるとご夫婦さんらしきお二人でやってらっしゃるようでとても雰囲気のある店内です
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飯テロっ!! チャシュー中華そば!!
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これがもうなんとも言えない懐かしい The 中華そば でしてあっさりしているようでしっかり醤油が効いていて油の蓋もあり、そして何より煮干しの出汁がしっかりで美味い!!

 

とにかく古き良き中華そばなので目新しさは皆無なのですが安心出来る味でホッコリしつつスープもしっかり飲んで身も心も温まりました(*´ω`*)

 

駐車場の端にあるトイレに行ったら(とても綺麗でビックリしました) 安堵館 という名前になっていてちょっと笑ってしまいましたw
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そのまま辺りをふらふらっとしてバス停に来ると神社向かいが温泉旅館で 日帰り温泉やってます の張り紙が、、、ああっ、もっと早く気づいていたら中華そばを食べてもなお温泉に入る時間まであったのにっ(>_<)

 

というわけで、東北巡礼之二番 岩木山神社 でした!!

 

え? 一番じゃないのかって? それは次の記事にて(。-_-。)b

 

 

あとがき

 

此度の凄く長くなりそうなあとがきは二部構成、一部 御由緒、二部 宗像三女神 でお送りしますm(*_ _)m

 

なお、記述内容は勝手な想像満載ですので都市伝説よりも妄想寄りという感じでご理解くださいm(*_ _)m

 

さて、最初の社殿造営は780年、20年後に坂上田村麻呂により再建され奥宮となり山麓に下居宮が建てられ、1091年に下居宮が現在地に奉遷されました というまでが参拝時の理解でしたが調べてみるとさらに複雑でした

 

まず最初の社殿造営が誰が何をもってどなたを祀った若しくは安置したものかが不明だということ、これはもう分かりませんし、その状態で坂上田村麻呂が東北平定を見守っていただいた御礼として僅か20年で再建されています

 

造営から僅か10数年しか経っていないのに岩木山の御加護だとして大きく社殿を造営するくらいですから元の社殿はやはり山岳信仰のものだったのでしょうか、というよりも現地信仰よりも神道を普及させようとしたのではないかと感じてしまいます

 

と、思ったのですがそれでもやはり違和感を感じて調べてみると、どうやら田村麻呂は観音など神仏の加護として各地を治めていきその跡地に寺社を建立していったのだそうです

 

御祭神に父 苅田麻呂が含まれているので最初から祀ったと考えれば神社始まりだと考えられますがもしかしたら山頂には観音を、麓には神社を、と神仏習合にしていた可能性も無くはありませんね

 

後の奉遷はただ遷されただけでなくその時から百沢寺と称した寺院に変わっており、山頂の阿弥陀・薬師・観音の三堂を本尊とする真言宗百沢寺岩木山三所大権現となっていたようです

 

しかし1589年に岩木山の噴火によって全焼、後に再建されたようですがその時には元の 下居宮 とされたようですが明治の神仏分離令により現在の岩木山神社となったとされているので再建下居宮もまた寺だったと考えて良いでしょう

 

由緒書きでは三山を祭祀対象とした権現信仰と書かれていましたが上述の説では三如来権現信仰となっているので古来より三山信仰があったところに三如来信仰が始まり混ざったもの、もしくは変化した(させた)ものでしょうか

 

となるとこちらは 山岳信仰→神社→寺→神社という複雑な経緯を辿ったと思われます

 

であればこそ、それぞれのお社前では神社の雰囲気があるものの境内全体からはお山の感覚が色濃かったと感じた事にも納得がいきます

 

神様の御神威や観音様仏様の慈愛などとは異なる穏やかな落ち着きは素晴らしい山から感じられるものであり、よりお山との一体感を感じられる御神域、まさにそういった感じでした

 

御祭神は顕國魂命(大国主命)、多都比姫神(多岐都比売神)、宇賀能賣神(宇迦之御魂神)、大山祇神坂上苅田麻呂の五柱となっています

 

境内社である白雲神社、稲荷神社、守山神社石碑の御祭神がぴったり重なるのも珍しいのですが両方で祀られているのか、はたまた境内社の御祭神もまとめて表記されているのか、どちらの可能性もありますね

 

また、オオクニヌシタギツヒメが祀られている理由を探してみたのですがなかなか見つからず、一説には全国にオオクニヌシを祀るような流れがあったとも言われているのでそういった経緯があったのかもしれません

 

そしてタギツヒメです

 

実は年末年始の参拝記事はそのあと1月中に全て書き終えており、2月中はほぼ全く参拝していなかったのでその間に様々な考察情報を見聞きしていたのですが、ちょうどその中に宗像三女神の存在がありました

 

宗像三女神厳島神社江島神社など広く崇敬を集めており、特に市杵島姫命は弁財天としてとても人気がありますしなんなら厳島という名前の元にもなっています

 

三人女神でありながら一身に人気を集める市杵島姫命ですが、様々な記録や説を見ていくとその存在はしっかりと書かれているのに足跡がとても少なく、そして三姉妹の生まれた順番が違ったりとかなり曖昧

 

しかもオオクニヌシと結婚したのがタギツヒメであったりタギリヒメであったりとかなり混ざっている、さらにさらに一部の神社などではイイキシマヒメとされていたりもするというのです

 

つーまーりー、実は宗像三女神は一人の女神だった!?

 

それがそれぞれの立場や由来などから名前が別れ、そしてそのまま三女神として別の神、ただし出自が同じなので姉妹とされたというのです Σ(゚д゚;)

 

でも、そうなればとても納得がいく、という場面が多々あるような気がします

 

まぁイチキシマヒメだけは多くが他二柱とは違ってオオクニヌシの妻とする説がかなり少ないですしタギリヒメとタギツヒメは名前が似ているから混同されがちだと言ってしまえばそれまででもあるんですけどね

 

 

そもそも記紀の記述というのは古事記がその当時の都合に良いように、そして日本書紀は国外へ向けて日本の歴史を示すという目的で作成されたものと言われていますから、実際の歴史とは異なる部分があるというのは皆が知っているところでしょう

 

だからこそ、物凄く分かりづらい物語になっていたりぼかされた書き方になっていたりする部分がとても多い、そんなモヤモヤするところをハッキリと繋げてくれる説、それはただ単に上手に繋げただけとは思えないほどの内容なのです

 

アマテラスとスサノオの描き方が火山の噴火による影響を擬人化(神化)したものだとするよりも実際に部族軍としての動き(つまり戦争)を抽象的に描いたものだったと考える方が合理的なのです

 

それは決して神々を下げるということではなく、正しい日本の歴史を知り、自分たちのルーツを知り、この国を作り上げた祖神へ正しくご挨拶出来る事に繋がると思うのです

 

一年目の手探り、二年目の学びを経て迎えた三年目の神社巡りは昨年末の参拝から急激に変化を迎えており、呼ばれる神社もその時々に学んでいる内容と妙にリンクしていて驚きの日々です

 

現時点ではまだこの後の神社を調べてはいませんが、どういった流れになっていくのか、、、楽しみです(*^^*)