どうも、ひのきですm(*_ _)m
神楽坂から川沿いに歩いていくとこちら、船河原築土神社です
築土神社というからには、、、あ、やっぱりそうですね、九段下の築土神社の飛地社と書かれております
シンプルでいてわかりやすいこの書き方は非常に有難いです、創建は940年と想像以上に古く御祭神は天津彦火瓊瓊杵尊、相殿に平将門公と菅原道真公が祀られていますが創建年は本社の年数ですね
街の一角に残る小さな御堂といった佇まいなのですがやはりどっしりつぃた重厚感を感じる雰囲気、よく見ると筑土の 土 が 圡 になっています
本社のHPに書かれている歴史からヒントを探ってみます
940年6月 将門公の首は密かに手桶に納め持ち去られ豊島郡上平河村津久戸の観音堂に津久戸明神として祀られる
1478年6月 太田道灌により社殿が造営され江戸城と太田家の守護神とされる
1552年11月 現在の九段坂上-モチノキ坂付近へと遷座、日枝神社、神田神社と共に江戸三社とされる
とあちこち移転させられていますが徳川家からの崇敬は篤く移転や災害の都度援助金を頂くだけでなくなんと東照宮社殿を移築されるなど場内氏神として祀られていたそうです
徳川幕府が終焉した後になると氏子の請願により、ここで現在の主祭神である天津彦火瓊瓊杵尊が勧請され築土神社となり、さらに戦災で転々とした後に世継稲荷の境内へと遷座したのが九段中坂の現在地となります
この中の飯田橋駅付近というのが一番近い感じがしますので元筑土的な場所なのかもしれません、、、が、ここ以外の地に同じように飛地社があるわけではなさそうなのでやっぱり謎ですね
ちなみに築土神社のHPはとっても独特ですので御興味をお持ちになるようでしたら是非にでも閲覧いただきたいと思います
とっても独特である種の、、、ごめんね、正直に言うとね、怖いんですよ!!w トップページを開くやいなや、黒背景に赤文字、凡そ神社の公式とは思えない見た目であるだけでなく内容も他の神社にはなかなか見られない伝説、伝承、歴史、地名考察が随所に並ぶのです
筑土の地名は宇佐からの宮土が由来であり、その他の津久戸は、、、といった歴史考察もされています
しっかりと読んでみれば中身がちゃんとしているし決して妄信的な雰囲気も無かったので是非に、と以前参拝したのですが素晴らしい神社でした
将門公に御興味のある方は九段の築土神社も併せて是非(*^^*)b
首は飛んで来て将門塚の地に落ちたのではなく、配下等によって桶に入れて持ち運ばれた上で観音堂に納められたというのであればかなり現実味がありますよね