どうも、ひのきですm(*_ _)m
白山神社から西へ進んでいくととても長閑な住宅地へ
そして広い梨園が広がります
そう、ここ稲城は梨が有名なんですよね(*´ω`*) 前々から思ってはいたのですが食べたことが無かったのでこの機会に!!と思ったのですが神社巡りの為に軽装なので持って歩き回るのは不便
そして結果的に帰る時に通る直売所は閉まっていたり少数では売ってなかったりでまたしても食べる機会を失してしまいました
っと、話が逸れました
梨園の横を過ぎて小さな小川を超え小道を進むと着きました、津島神社です
そうなんです、真横を小川が流れているんです!!
やや泥が溜まって緑気は無いですがゴミは無く清らかな水が滔々と流れる小川は木陰から射し込む光の帯が綺麗に見えるほど
なにこの隠れ家的な最高の神社!!!
傾きが逆だけどバランスさえ良ければ木から板を吊るしたロープを下げてゆらゆらと腰掛けながらのーんびりしたいですね(*´ω`*)
いや、この木の間にちょっとしたベンチでも置いたらもう最高じゃないですか(´;ω;`) 最強に理想的な神社ですね
土、木、風、空、陽、そして水、全ての気を受け取ることが出来る境内なんです
こちらも内部にお社が祀られており二社
左が津島神社で右手はお稲荷様ですね
シンプルな堂内には立てかけられた綺麗な御幣、壁面の写真は旧社殿でしょうか、そして右側のチラシから下新田津島神社と呼ばれていることがわかります
こちらはとにかく上述のように御神域として自然のエレメントの全てを兼ね備えていると言っても過言ではないでしょう、最上級の環境に置いて神様も心穏やかにされている感じがします
これ以上に居心地の良い神社、ある? ってなもんですよ、えぇ
落差や岩があるわけではないので水音はうっすらと、川というよりも梨園の為の用水路な感じですが恐らくこれからの時期はトンボが飛び交い夜にはカエルの合唱が聞こえるのでしょう
(蚊さえ居なければ)朝も昼も夜も時間を選ばずのんびり出来る場所ですね
この時は太陽照り付ける時間帯だったのでこの場所に蚊が多いかどうかはわかりませんでしたがw
調べてみたのですがやはり創建は江戸以前とされており天王社から八坂神社と名前を変え、愛知の天王社が津島神社となるのに合わせてこちらも津島神社となったようです
愛知県津島市、、、津島、、、津島神社って愛知の津島が総本社だったのっ!?Σ(゚д゚;)
ということで参拝したことは無いのですが総本社の社伝には驚きの内容が書かれておりました
建速須佐之男命が朝鮮半島から日本へ渡った時、荒御魂は出雲に、和御魂は対馬へ鎮まり、後に和御魂が愛知県津島市へと移ったという
待って待って待って待って!!Σ(゚д゚;)
まず、、、朝鮮!! これに関しては都市伝説では当然の説であり、日本から世界に広がった神々のうち三氏族が日本へと戻ってきた
九州へ上陸したのがアマテラス、出雲に上陸もしくは東北に上陸して出雲へと移動したのがスサノオ、いずれにしても日本へ上陸するには南方から、朝鮮半島から、そして北方からの三方向が主となるので最も近い朝鮮半島から来るというのは王道の説です
ツクヨミについては勝手ながら私が納得出来る考察をまだ見ていないので割愛(。-_-。)b
それが社伝に書かれているだと!?
しかもですね、対馬に鎮まったのが紀元前245年で津島へと移ったのが540年と年代までハッキリと書かれているんですよ
さらにさらに和御魂荒御魂では和御魂を正として祀ることが多いのですが出雲に鎮まったのは荒御魂とされています
これは確かに、荒々しさを主として記録されるスサノオからしても整合性がある
しかも最近ですね、大和王になろうとした徐福が実はスサノオだったんじゃないか、出雲を大混乱に陥れた徐福という存在を隠すのにスサノオという荒々しい神としたんじゃないか説を聞いたばかりなんです
その徐福は朝鮮半島より出雲にやって来たと言われており、なんなら三回も渡ってきていてその都度違う名前になっていると考察されています
と、都市伝説考察系はこの辺にしておいて、つまり津島神社の伝承によると全国の津島神社に祀られる素戔嗚尊は和御魂であるということになります
いやぁ、実際津島神社ってあるようでそれほど数多く参拝しているわけではなく大抵が境内社なんですよね
今後、同じスサノオを祀る神社でも氷川さんは移住した出雲族が祀ったとされているので荒御魂、八坂さんは牛頭天王信仰が主、そして津島さんが和御魂ということでそれぞれの神社によって感じ方に差があるかどうかというのも参拝の楽しみになってきます!!
え、ちょっと待って、今回の神社巡りなんなの!?
っていうか是政稲城長沼周辺、なんなの?!
天神社は天神様じゃなくてアマツカミヤシロである事を知るところから始まり義経伝説、それ以降は複数社をまとめた記事にしようと思っていたのに調べ始めたらここまで全てが単独記事になるという深さになっていく
ちょっと今までに無い、、、というか、私自身の捉え方が変化したのか?!はわかりませんが、、、いやぁ、凄いな
ですが神社の、神々の歴史の深さはこんなもんじゃない
漸く入口に立ちかけているといった程度でしょうか
まぁだからといってガンガン掘り進める気はそれほどありませんし、今回のように知るべくして知るべき時が勝手にやって来る、そういうスタンスでこれからもやって行こうと思います(*^^*)
さて、まだまだ巡りますよぉ~!!
しかし、、、帰ってしまう気満々だったあの時の自分は一体なんだったんでしょうw